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サンパオリの戦術を徹底分析。 南米王者チリ、W杯1年後の進化

2016.07.30

『戦術リストランテⅣ』発売記念!

2016年7月29日に発売となった新刊『戦術リストランテⅣ』。その発行を記念して、過去の連載の中から今作に収録されなかった第160回「チリ代表」編を特別公開。当時チリ代表の監督を務めていたホルヘ・サンパオリは、16-17シーズンから日本代表MF清武弘嗣が加入したセビージャを率いる。チリを初のコパ・アメリカ制覇へと導いたアルゼンチン人指揮官がどんなサッカーを展開するのか、その中で清武がどのように起用されるのかを考える際の参考にしてほしい。

今回の一皿
「南米王者チリ、W杯1年後の進化」

PK戦の末にアルゼンチンとの死闘を制し、南米王者となったチリ。昨夏のブラジルW杯で世界に驚きを与えたサッカーは、1年の時を経てさらに進化していた。運動量で強豪に対抗する弱者のサッカーから、ボールを支配する強者のサッカーへ。ビエルサ門下のサンパオリの下で独自の発展を続ける注目国を徹底解剖する。

2015 チリ代表

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ブラジルW杯からの変化

――地元開催のコパ・アメリカでチリが初優勝しました。ベスト16入りしたW杯のチームと比べてどうでした?

 「ブラジルW杯のメンバーそのまま、監督も同じサンパオリですが、プレーの仕方は少し変わっていました。W杯の時は早く人を捕まえていくアグレッシブな守備が特徴でしたが、今回のコパ・アメリカは攻撃型にシフトしていたと思います。スペイン、オランダと同組になったW杯では守備を基盤にチームを作っていました。今回は地元開催ですし、自分たちが主導権を握ることを想定していたのでしょう。その象徴がバルディビアの起用でした。ビエルサ監督時代からの主力ですが、守備力がないので試合途中で切り札的に投入されることが多かった典型的な10番タイプです。しかし、今大会はずっとスタメンに据えられていました。最もクリエイティブなバルディビアの起用は攻撃を強化したいという狙いがはっきり出ていたと思います」

――彼がトップ下に入ったことで、基本システムが[3-4-1-2]から中盤ひし形の[4-4-2]に変わっていますよね。

 「簡単に言えば、バルディビアを入れて攻撃の人数を増やしました。W杯では圧倒的な運動量や球際の強さが印象的でしたが、足りなかったのは攻撃力です。得点は相手のミスを突いてのもので、崩してチャンスを作る力が不足していました。運動量や守備力で相手のミスを誘発する力はあるのですが、それだけだと強豪に勝ち切るにはやや足りない。手数は多いのですが、ノックアウトパンチがないイメージですね。そこを補うためにバルディビアを起用したのでしょう。ビエルサ門下だけあってサンパオリのチームも攻撃パターンが刷り込まれており、そこに予測不能なパスを出すバルディビアが変化を与えていました。グループステージ3試合で10ゴールを量産したように、戦術変更の効果は出ていたと思います」

――ブラジルW杯でのチリはビエルサ時代の3トップから2トップにしたことで、サイド攻撃が弱体化していました。

 「そこがビエルサとサンパオリの一番の違いでしょうね。ビエルサのチームはウイングがサイドの幅を取る役割を担いますが、サンパオリのチームはその役割をSBが担います。今大会のチリはポゼッションが上がったので、SBが上がれる時間を作れていました」

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ボールを奪うリトリート守備

――トップ下に守備力のないバルディビア、両SBも積極的にオーバーラップ……それでもチリの守備が堅い理由は?

 「W杯の時は1対1で人を捕まえるマンツーマンベースの守備を徹底していましたが、今回はリトリートしてから迎え撃つ形でした。ただ、攻撃から守備への切り替えの速さは同じ。今までは奪われたら『前へ』でしたが、今回は『すぐ戻る』。前線の選手の戻りがとにかく速いので、リトリートして守備陣形を作る過程でボールを奪っちゃっていたくらいでした。特に、アレクシス・サンチェスやビダルの戻りの速さは圧巻。コパ・アメリカでは押し込む形が多くなった分、必然的にカウンターケアの守備がメインになります。通常、カウンター時の守備は遅らせて、スペースを埋めるという手順で、相手のスピードを吸収するように守るのがセオリーです。しかし、チリの場合は遅らせるための戻りが非常に速くて、吸収というより吸引するようにボールを奪えてしまう。前方プレスの勢いは多少なくなりましたが、戻りの迫力が凄いので守備の印象はそんなに変わっていません。

 戦術面の工夫では、フォーメーションの変化が挙げられます。守備時はアンカーのマルセロ・ディアスがDFラインに下がり、3バック化します。つまり、後方は2人のCBとM.ディアスの3人でリスクマネージメントしているわけです。ブラジルW杯の時は3バックとアンカーの4人が自陣に残っていましたが、チリの前線選手の戻りの速さがあれば、残しておくのは3人で十分です」

――まとめると、攻撃の人数を1人増やして、守備の人数を1人削った。ただ、チーム全体の運動量があるので攻守のバランスは保たれていた、と。

 「守備力が落ちなかったのは、攻めの時間が長かったことも影響しています。今大会のチリは圧倒的なボール支配率を記録しましたが、それを支えたのはボール奪取の速さ。ボールを持つことを優先しているのに守備戦術をハイプレスではなく、リトリートに変えたのはユニークですよね。それでカウンターケアが安定しました。チリの選手の運動量と1対1の強さがあってのことだとは思いますが……」

――チリのSBはサイド攻撃の要でもあるので、最前線のワイドまでポジションを上げていました。前に人数をかけているのに、なぜやられないのでしょう?

 「まず言えるのは、チリが前に人数をかけているので相手は後ろに重心を置かざるを得ない。その時点でカウンターを繰り出しづらいです。それにM.ディアスとアランギスの中盤コンビが巧み。攻撃時にCBの間に入っていたM.ディアスが守備に入ると中盤の底へ上がって、アランギスも1つ前へポジションを上げます。この2人の“縦のボランチ”がこのシステムの軸と言っていいでしょう。SBがかなり高い位置まで出るので、ボランチ2人のカウンター対応力は生命線になっています。

 ちなみに、チリの可変式システムの原型は94年W杯のブラジルです。ただ、94年のブラジルは10番のライーを途中で外してしまい、バイタルエリアが空洞化する“ドーナツ化現象”が起きていました。しかし、チリはバルディビアとビダルというトップ下タイプが2枚いるのでより機能性が高かったように思います」

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南米王者の現在地

――あえて弱点を挙げると?CBコンビが170cm台とかなり小さいですが。

 「確かにCBは小さいですが、1対1が抜群に強いのでその不利をあまり感じさせません。放り込みに対しても弱くないですし、そもそも敵を押し込んでいるので放り込まれる展開にもならない。相手としては前線に1枚しか残っておらず、しかもその選手が3人の守備者に囲まれている状態では蹴らないですよ。それにメデルは小さいけど筋肉の塊のような選手なので競り合いに強いですし、むしろ小さい特性を生かして守っていました。例えば、決勝ではメッシとのマッチアップが多かったですが、細かい方向転換にいちいち付いて来るので、メッシは相当にやりにくそうでした」

――最後に、チリの今後の展望を。

 「開催国のアドバンテージがあったとはいえ、決勝のアルゼンチン戦も押し気味に進めていましたし、優勝にふさわしい力を持っていたと思います。ただ、チームとしてはすでに完成している印象です。もしかしたら、サンパオリは地元開催のコパ・アメリカから逆算してチームを作っていたかもしれないですね。アルゼンチンを破った南米王者ですし、今W杯を開催すれば相当上位に行くことは間違いないでしょう。あとは、いかにピークを維持できるかでしょうね」

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チリ代表ホルヘ・サンパオリ戦術リストランテⅣ西部謙司

Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。