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FFPは敵か味方か?ニューカッスルの決算報告書から読み解くオイルマネーの限界

2024.03.01

2021年10月にサウジアラビアの政府系ファンド中心の共同事業体から買収され、昨季はリーグカップ決勝進出、今季はCL出場も果たすなど復活を遂げつつある古豪ニューカッスル。近年の移籍市場でもオイルマネーを後ろ盾に主役の1人となってきたが、今冬は打って変わって主力放出の噂が飛び交ったのはなぜか?その理由を2022-23シーズンの決算報告書から、X(旧Twitter)では「Newcastle United Japan」、YouTubeでは「NUFC JAPAN TV」で愛する“マグパイズ”にまつわる情報を発信中のWassy氏に探ってもらった。

 2022-23シーズンのプレミアリーグで4位に入り、今季ついに悲願であった21年ぶりのCL出場を叶えるなど、国内外で存在感を着々と強めつつあるニューカッスルだが、今冬のマーケットでは一転して選手放出の噂ばかりが紙面を躍らせた。

 まず最初に移籍の可能性が浮上したのは、ゲームキャプテンも任されるリーダー的存在のSBキーラン・トリッピアー。33歳ながらリーグ屈指のチャンスメイカーとしてほぼすべての公式戦に出場する右サイドの司令塔には、負傷者続出に泣くドイツ王者バイエルンからローンの打診があったものの、あくまで買い取りを要求。その後に届いた完全移籍のオファーも移籍金の折り合いがつかずに却下された。

 それ以外にもチームの顔である右ウイングのミゲル・アルミロンや、エースのCFカラム・ウィルソン、長年主将を務めてきたCBジャマール・ラッセルズなど、前半戦も多くの試合に出場した選手に次々と移籍報道が飛び出した。

 結果的に主力は誰1人としてチームを去らなかったものの、夏の移籍市場を見据えた報道は尽きることなく、MFブルーノ・ギマランイスをはじめとするアイコンも売却する可能性すら囁かれている。資金的には世界で最も恵まれており、それに見合う成績を残し始めているはずのニューカッスルが、このタイミングで主力売却を検討せざるを得なくなっているのはなぜか?その背景には、欧州サッカー好きならもうその存在を知らぬ者はいない、FFP(ファイナンシャル・フェアプレー)の影響がある。

プレミアリーグ第21節マンチェスター・シティ戦で、ギマランイスのバナーを掲げるニューカッスルサポーター

FFPではなくFSRとP&Sルール

 何かにつけて「FFP、FFP」と口に出しているものの、熱心なサッカーファンの中でもその仕組みを完全に理解している層はほんの一握りだろう。まずはその仕組みを簡潔に説明させてもらおう。

 まず、FFPと呼ばれるルールは現存していない。UEFAが2011年より採用しているCLを始めとした欧州カップ戦出場クラブに課せられてきた財政規則であるが、すでに2022年から新制度へと移行。今はFSR(ファイナンシャル・サステイナビリティ・レギュレーション)という基準にあらためられている。加えてプレミアリーグも独自に財政上のルールを導入しているが、こちらもP&Sルール(Profitability & Sustainability Rules/収益性と持続可能性に関する規則)という別の名前がつけられており、FFPとは別物だ。それ以外にも各国リーグで定められている独自の規則が存在するが、世間ではこれらすべてをその名残から「FFP」とざっくりひとまとめにして呼ぶようになっているわけだ。

 では、この2つのルールの内容をあらためて確認してみよう。まずFSRは主に3つの理念から成り立っている。1つ目は「ソルベンシー」と呼ばれ、給与の未払いや支払いの遅延をなくすこと。次に前シーズンまでの過去3年の合計赤字を9000万ユーロ以内に抑えなければならない「スタビリティ」という項目がある。そして3つ目にFFPからの改正に伴い新導入された「コストコントロール」は、年間の収益額に対して人件費率を70%以下に抑えることを定めたものだ。

 一方プレミアリーグが用いるP&Sルールは、「スタビリティ」と同様に損失の上限を定めたものであるが、UEFAのルールと比較すると基準が緩く、3年で1億500万ポンド(約1億2200ユーロ)の赤字を認めている。また両者の違いとして、UEFAは前シーズンを起点とする3年間が審査の対象となる一方で、プレミアリーグでは現行のシーズンを含めた3年間で判断することが挙げられる。さらに詳しく知りたい方は、EFLから見るフットボールさんの記事『エバートンが違反した「イングランド版FFP」。P&Sルールから占うシティとチェルシー、プレミアリーグの行方』で全貌が暴かれているので、ぜひチェックしてみてほしい。

 これらのルールに違反した場合、罰金や勝ち点没収、出場権剥奪など罰則が与えられる。プレミアリーグでは昨年11月にエバートンが10ポイントを失う処分(異議申し立てを経て今年2月26日に6ポイントへと減刑)に遭ったのも記憶に新しく、マンチェスター・シティに規定違反の疑いが115件かけられているのは周知の事実だ。

 さて、ニューカッスルはというと、2021年10月にサウジアラビアの政府系ファンドPIFが率いるコンソーシアムに買収されてからというもの、ひとたびウィンドウが開けば札束を片手にマーケットへ殴り込みをかけてきた。新体制初の夏の移籍市場ではリヨンからギマランイスを引き抜き、昨季にはソシエダからFWアレクサンデル・イサク、リールからDFスフェン・ボトマン、エバートンからFWアンソニー・ゴードンが加入。昨夏もミランからMFサンドロ・トナーリ、レスターからFWハーベイ・バーンズを獲得するなど20代前半で将来性もある即戦力を積極的にチームに加えており、オーナー交代後の移籍取引に限った収支はおおよそ3億5000万ポンドのマイナスである。

FAカップ3回戦サンダーランド戦でチーム2点目を挙げたイサクと、駆け寄るゴードン

 もちろんオイルマネーの後ろ盾を持つニューカッスルは、キャッシュ自体が尽きる心配とは今のところ無縁である。だがFSRのような厳しい基準と照らし合わせても問題ないのか、疑問に思うサッカーファンも多いはずだ。

5000万£マイナスでも違反にならない理由

 実際にニューカッスルが1月上旬に公開した22-23シーズンの決算報告書を見てみると、昨季の収支は7340万ポンドのマイナス着地となっている。21-22シーズンにも7070万ポンドの赤字を計上しており、過去3年間の合計は1億5500万ポンドに上る計算だ。これはP&Sルールの許容範囲である1億500万ポンドを5000万ポンドも超過している。

 しかし、これが違反と判断される可能性は極めて低い。というのもP&Sルールの計算では、スタジアムやトレーニンググラウンドなどのインフラ整備や、女子チーム、チャリティ活動、コミュニティ関連など、フットボール界全体の発展に寄与する費用は考慮に入れないことになっているからだ。報告書には練習場の改修や本拠セント・ジェームズ・パーク周辺の土地買収に2340万ポンドを投じたことも記されており、そういった支出を除いていけばルールの範疇に収まると経営陣も確信しているようだ。

 また22-23シーズンのP&Sルール審査対象には21-22、22-23に加え、コロナウイルス感染症の影響でフットボール界全体が大きな減収に見舞われた19-20、20-21(特例により同一年として扱い、両年の収支の平均値を使用)が含まれているが、この期間における損失の多くが救済措置により帳消しとなっていることも大きな助けとなった。

 その一方で、23-24シーズンは規則通りのシビアな審査が復活する。対象となるのは21-22、22-23、23-24で、3季の損失を合計1億500万ポンド以内に抑えなければならない。ニューカッスルがサウジ体制に移行したのが2021年の10月なので、今季の審査からは新オーナーの下での3年間がそっくりそのままチェックされることになる。……

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Profile

Wassy

1994年生まれ、埼玉県出身。ハテム・ベン・アルファのドリブルに衝撃を受けニューカッスルサポーターに。現在はNewcastle United Japanの中の人として、Twitterを中心に情報発信している。YouTubeチャンネル「NUFC JAPAN TV」には深堀り解説動画も投稿中。

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