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【対談】山口遼×植田文也(前編):解明されてきた「学習理論」が示す新しいパラダイムの本質

2024.01.20

エコロジカル・アプローチ』3刷重版記念特別公開

『エコロジカル・アプローチ「 教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』は、欧米で急速に広がる「エコロジカル・アプローチ」とその実践メソッド「制約主導アプローチ」の解説書だ。

その3刷重版を記念して、著者である南葛SC(関東1部)アカデミーコーチングメソッドアドバイザーの植田文也氏と、関東サッカーリーグ2部で優勝したエリース東京FC の山口遼監督が、社会の変化からも影響を受けているトレーニングの新しいパラダイムについて議論した対談を、本誌最新号から前後編に分けて特別公開する

※『フットボリスタ第100号』より掲載。

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「反復練習」「パス&コントロール」伝統的なアプローチへの疑問

ーー今回の対談は「トレーニングの未来」がテーマです。植田さんの著書『エコロジカル・アプローチ』はこのテーマを語る1つの切り口になるかなと思いました。スポーツ以外の業界からも反響があり、時代に求められている考え方だなとあらためて感じました。

植田「バレーボールやバスケットボールなど他競技を含めて、思っていたより広まったと感じています。サッカー界のリアクションとしても、ありがたいことにJクラブのコーチから『読みました』と声をかけていただくことが増えました」

山口「様々な分野、様々な領域で『複雑な物事を複雑なまま見よう』という見方が広がっています。そういう流れをキャッチアップしようと試みている僕のような指導者にとっては『エコロジカル・アプローチ』は、とても自然なアプローチだと納得感を持って読みました。自身のトレーニングに参考にさせていただいたものもかなりありました。あれほど多くのエビデンスをもとに章ごとに実践的にまとめられていたので、僕自身は細かい部分まで納得することが多かったです。適切なアドバイスやコーチングを入れながら、少しでも選手が環境の中からつかみ取っていけるような制約を作ろうとして試行錯誤するようにもなりました。なるべくシンプルに、サッカーをやっている感覚を損なわないように運動感覚を近づけていく。その中で、でもちょっとバリアビリティ(変動性)が上がるように、同じトレーニングでもあえてピッチの広さを変えてみたり、制約を入れたりすることで選手が自然に新しいプレーパターンを獲得することが結構ありました」

植田「本を書いて良かったです(笑)」

ーートレーニングのトレンドや社会全体の考え方としても旧来的なスパルタ指導や体罰などに疑いの目が向けられ始めています。スポーツ指導の現場に限らず、ビジネスの現場などでもより良いマネジメントのやり方が模索されていますよね。

植田「他競技でセミナーを開いたりすると、『サッカーより自分たちの競技の方が遅れている』という感覚があるようで『サッカーは進んでいますね』と言われることが多いんです。そこで『普段はどういう練習をしていますか?』と聞くと、プロ野球のファームレベルの選手でも素振りを2000本やってから試合に行く、ということを今でもやっているそうです」

山口「僕は選手時代に反復練習が苦手なタイプでした。プロ選手でも得意なタイプ・苦手なタイプがいると思いますが、これまでのスポーツは神経をすり減らしたり、いろんなものを犠牲にしたりして、極限の状態に追い込まないと上達できないものと捉えられがちだったと思います。僕自身、ユース時代は苦しい思いをしながらサッカーをしていました。『スキルの改善』をメインと捉えるエコロジカル・アプローチは、楽しく、自然とうまくなっていくようなトレーニングになりますから、今までとは異なるタイプの選手がピックアップされていくかもしれません。誰を『努力家』とするのか、誰を『真面目』とするのかといった評価軸のところも変わってくるでしょう。そうしたアプローチ自体はもともとあったものですが、アカデミックな裏づけがあるか否かは大きな違いです。より欧州のフットボールに近い肌感覚に変わっていくきっかけになり得るのかなと考えています」

ーー無意識でプレーできなければトレーニングから本番へは転移しない。これまでは反復練習を繰り返すことで無意識でのプレーを実現していましたが、人間の運動学習は目的から逆算した制約でそれを導く方が理にかなっているということですよね。

植田「例えば、GKの練習はどうしても反復系にならざるを得ませんよね。そこで南葛SCのGK練習では、単純な反復にならないように、ちょっとだけでも何かを変えるんです。シュート位置やセービングの前に予備動作の乱れが生まれるような一工夫を入れると学習スピードが目に見えて変わります。反復に陥りがちな競技やポジションにそのようなアプローチを加えると、想像以上にドラスティックに変化が見えてくると思います」

ーー植田さんがこの1年間、南葛SCやFCガレオ玉島で、エコロジカル・アプローチを実践する中で得た気づきがあれば教えてください。

植田「下手な分解系の練習をやるならスモールサイドゲームを中心にしていった方がいいと感じました。パス&コントロールがなくてもゲーム形式のトレーニングの中で止める・蹴る・運ぶは上達しますから。その点について、山口さんはどうお考えですか?」

山口「僕自身、プロに近いレベルの選手に相手を置かないパス&コントロールをやらせることには常々疑問を持っていました。目的が『ゲームの文脈に沿って適切なパフォーマンスを発揮すること』であるとするなら、サッカーでは同じようなパスに見えるけれど、微妙に相手の位置が違ったりしていて、同じパスを通すためにちょっとした駆け引きが必要だったりします。だから、パス&コントロールの練習で『そこに相手がいると思ってやれ』という指導はほとんど効果が出ません。なぜなら、そこに相手がいないので(笑)。結局、どこに相手が立つかで、その都度パス&コントロールの正解は変わります。もっと言えば、トラップミスをしても、それを利用しちゃえば“正解”になるかもしれませんしね」

植田「パス&コントロールの練習では『ボールスピード』を強調するコーチもいます。でも、相手がいなければどれくらいのスピードでパスを出せばいいか選手にはわからない。とてもかわいそうな状況だと感じています」

ーー植田さんが実践しているスモールサイドゲームはどのようなものですか?いろいろと制約を変えるということは聞いていますが。

植田「形や人数、サイズ、何でも制約を変えますし、特にこだわってやってもらっているのはボールの変更ですね。例えば、南葛SCのユース年代の芳賀監督は、ビルドアップを教える時に、これまではずっと『ここにポジションを取れ』『この場合はこうやって動け』と教えていたそうです。しかし、南葛SCに来てから、いろいろなバリエーションのスモールサイドゲームをトレーニングに組み込んだ結果、不思議と11人のサッカーでビルドアップができるようになっただけでなく、細かく教え込んだ場合よりも選手たちが柔軟に対応するようになったと話していました。そのあたりが、エコロジカル・アプローチ的にいろんなスモールサイドゲームを通じて学ぶことの良さだと思います」……

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フットボリスタ第100号

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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