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アグエロ最大化とゼロトップ時代を経てホーランド獲得+偽CBで完成形へ。ペップ・シティのCL戦術史

2023.06.10

20-21シーズンに初のCL決勝進出を果たすと翌季も4強入り。今季はバイエルン、レアル・マドリーと各国王者を撃破して2度目のファイナルに到達し、悲願のビッグイアー獲得まであと1勝に迫っているマンチェスター・シティ。監督就任7年目を終えようとしている智将ジョセップ・グアルディオラの下での戦術的変遷を、“ペップヲタク”を自称する牽牛星氏がたどる。

 バルセロナに栄光をもたらした“ペップ”ことジョセップ・グアルディオラは2016年夏、マンチェスターの地へと降り立った。バルセロナとバイエルンの監督として過ごした計7年間で毎シーズンCL4強以上という実績に期待感と高揚感が充満する中、“シティズン”(マンチェスター・シティサポーター愛称)の「We’ve Got Guardiola」というチャントに迎え入れられ、ペップの新たな冒険が幕を開けた。

 筆者は監督としてのペップを08-09シーズンから定点観測しているが、最大の特徴は「チームで最も得点力が高い選手=最終生産者の能力最大化」にあると考えている。バルサではリオネル・メッシにいかにして得点を取らせるか、バイエルンではロベルト・レバンドフスキにいかにして得点を取らせるか、その一点を追求し続けた監督だ。

 例えば代名詞である[4-1-2-3]の3トップの選手起用に着目しても、バルセロナでは“偽9番”のメッシにライン間でボールを受けさせるために、両翼に裏抜けを得意とするストライカータイプを配置している。相手のDFラインを広げるだけでなく押し下げて“中”のバイタルエリアにスペースを生み出すため、ティエリ・アンリ、ペドロ・ロドリゲス、ダビド・ビジャらが“外”と”裏”への牽制役として起用された。

 一方のバイエルンではレバンドフスキにハイクロスを供給し続けるため、ウイングにアリエン・ロッベン、フランク・リベリ、ドウグラス・コスタ、キングスレイ・コマンら純粋なドリブラータイプを重宝。彼らが前を向いて1対1を仕掛けられるよう後方のSBが内側に絞って相手サイドハーフを引きつけ、CBからウイングへのパスコースを作る動きは偽SBとして知られるようになったが、その目的はレバンドフスキの得点力を最大化することにあった。

アグエロ最大化する順足ロークロス戦術のとん挫

 ペップが監督に就任した当初のシティにも、セルヒオ・アグエロという絶対的なストライカーがいた。彼にクロスを届けるため、ペップは3トップの左にレロイ・サネ、右にラヒーム・スターリングというドリブラータイプを順足(利き足と同じサイド)で採用。ポジショニングと駆け引きで勝負するアグエロにロークロスを送り続けるためだった。

 一方シティにはバイエルンと違って、中盤でのプレーもお手の物だったフィリップ・ラームとダビド・アラバのような偽SBにふさわしい人材が不足。そこで2017年夏にSB陣を一新するも、目玉補強のバンジャマン・メンディが大ケガを負ってしまったため、左SBに本職MFのファビアン・デルフが抜擢される。[4-1-2-3]から彼がアンカーの横へと絞ることで[3-2-2-3]の陣形へ変わるシティのビルドアップは安定感が増加した。

 そこからボールをサネとスターリングに預けられれば、ドリブル突破からアグエロに決定機を与えられる。外を警戒されればハーフスペースで待つインサイドハーフのダビド・シルバとケビン・デ・ブルイネにボールが渡ってチャンスメイクするという二段構えが猛威を振るい、プレミアリーグでは勝ち点100、総得点106のダブル新記録を達成。リーグカップも制したが、CLでは準々決勝で敗退している。

 その対戦相手はリバプール。入団当初からケガでの戦線離脱が少なくなかったアグエロが負傷欠場したシティに対して、ユルゲン・クロップのリバプールはその安定したビルドアップとサイドからのロークロス攻撃をどう抑えるか、しっかりと解答を用意していた。3トップのサディオ・マネとモハメド・サラーの両翼がウイングへのパスコースを切り、ジェイムズ・ミルナーとジョーダン・ヘンダーソンを中心とする中盤3枚が中を潰して抑え切る。出しどころを失ったシティのCBが横パスを選択した瞬間に激しくプレスをかけ、苦し紛れのクリアを拾ってカウンターを浴びせることで機能不全に陥れたリバプールが2戦合計で5ゴールを奪った。

 一方のシティは対人守備が苦手な右SBトレント・アレクサンダー・アーノルドにスピードのあるサネをぶつけることでその質的優位性を生かそうとしていたが、順足のサネは縦突破が主。カットインの選択肢がほぼなく、縦を切る守備を徹底したA.アーノルドに完封されチャンスを量産できないまま、アグエロの代役を務めたガブリエウ・ジェズスも期待に応えられず、決定力を欠いて第2レグで一矢報いるにとどまった。

 この敗退から得た教訓としては30代に突入しようとしていたアグエロのコンディション管理と、順足クロス以外の武器が必要だということ。そこでシティは夏にリヤド・マレズをレスターから獲得。右に左利きのマレズ、左に右利きのスターリングを配置する逆足ウイングでサイドアタックの幅を広げつつ、ビッグゲームでのアグエロを欠く事態を避けるべく、リードすれば積極的に若いジェズスと交代させた。

 そして国内3冠を達成した18-19シーズンのCLベスト8。立ち塞がったのはまたしてもイングランド勢、トッテナムだった。敵地での第1レグで13分、このために温存してきたアグエロがPKを失敗すると、78分にデルフがソン・フンミンの抜け出しとドリブルを止められず先制を許す。この1点が重く響いた。ホームでの第2レグは4-2と逆転して迎えた73分、フェルナンド・ジョレンテにハンド疑惑のゴールを沈められ、終盤にスターリングがゴールネットを揺らすも、ラストパスを出したアグエロがVARでオフサイドと判定。得点が取り消され合計スコアは4-4のイーブンも、アウェイゴール差によって再び8強で散った。

「カンセロ・ロール」で突入したゼロトップ時代

 この2季を経て露呈した勝負弱さの要因は、「最終生産者の能力最大化」と「左SBの守備力不足」による手詰まりの発生しやすさにある。そして主力の相次ぐ負傷で野戦病院と化し、コロナ禍にも見舞われてリーグカップを掲げるだけで精いっぱいだった19-20シーズンを経た20-21シーズン。故障の絶えないアグエロのフル稼働が難しくなったタイミングで、ペップは軸が不在となりつつあった「最終生産者の能力最大化」を見直した。……

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マンチェスター・シティ

Profile

牽牛星

脱構築マニアの関西人。かつてライカールト監督率いるバルサのCWC決勝戦(0-1でインテルナシオナルに敗北)を現地観戦。なぜ勝てなかったのかと考えてるうちにグアルディオラが就任した伝説的ペップ・バルサに魅了されわけもわからず資料を読み漁り、気づくとペップヲタクになっていた。過去アーカイブからの引用により問題解決を図ろうとするアプローチを好み、庵野秀明、秋元康、マルジェラ、グアルディオラの熱心なファンとなってしまう。好きな食べ物はナタデココ、嫌いな食べ物はパクチー。

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