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前田直輝の復活を支えたフィジオ、中田貴央が明かすオランダでのキャリアと“奇跡の瞬間”

2023.02.18

デビュー戦で大ケガを負い、長いリハビリの末に先日のAZ戦で復活ゴールを決めた前田直輝。フィジオセラピストとして復活劇をサポートしたのが「タカ」こと中田貴央(なかだ・たかひろ)だ。彼は前田の専属というわけではなく、2012年からオランダサッカー界で働く中で「たまたま」ユトレヒトで出会った。彼のユニークなキャリアを振り返りつつ、“奇跡の瞬間”の思いを語ってもらった。

 2月7日、舞台はKNVBカップ・ラウンド16、AZ対ユトレヒト(1-2でユトレヒトの勝利)だった。1-1で迎えた延長前半3分、味方のスルーパスを受けたFW前田直輝が勝ち越し弾を決めて、ユトレヒトのチームメイトと喜びを分かち合った。そのセレブレーションの輪がほどけると、28歳のレフティはベンチの方へ疾走し、フィジオの中田貴央と抱き合った。

 「フィジオの職務を超越した、心と心のつながりを感じることのできた瞬間でした」

 フィジオにとって、リハビリを担当した選手が観客の埋まったスタジアムで活躍することほど嬉しいものはない。昨年1月、前田がオランダデビューマッチのアヤックス戦で負傷してから1年余り。足首を手術し、リハビリし、その間にユトレヒトとの契約が切れた。練習試合で与えられた45分間のチャンスをものにし、昨年8月末に再契約を勝ち取る。しかし、なかなか思うような活躍はできなかった――。そんな背景があっただけに、前田のゴールに中田も思わず感極まっていた。

ユトレヒトでの公式戦初ゴールを挙げた前田。直後にベンチで熱い抱擁を交わしているのが中田フィジオセラピストだ

2012年、大志を抱いてオランダへ

 大学を卒業した中田が「一流のフィジオになって、日本代表のW杯優勝に貢献するんだ」という大志を抱いてオランダに渡ったのは2012年の時。14年から2シーズン、デン・ボス(オランダ2部リーグ)でフィジオを務めた。誰から施術を受けるか、決めるのは選手たちだった。白板(はくばん)には、中田の施術を希望する選手の名前がズラリと並んだ。当時のことを、中田は「それが、フィジオセラピストとしての美学だと思ってました」と振り返る。

 やがて、中田は欧州各地でプレーする日本人選手の個人トレーナーとして、彼らのコンディショニング調整、パフォーマンス向上、リハビリ・治療などに関わるようになった。
 
 中田がオランダで師事したのは、Jリーグのクラブで豊富な経験を持つマルコ・ファン・デル・ステーンだった。患部の筋肉繊維に深くアプローチしていくマルコの施術法をマスターしていくうちに、中田の親指は変形していった。「これが、僕にとっての刺身包丁なんです」と指を見せた中田の顔には、職人としての誇りがあった。

エールディビジのユトレヒトでフィジオを務める中田貴央(Photo: Toru Nakata)

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エールディビジユトレヒト中田貴央前田直輝

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中田 徹

メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。

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