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ジェレミ・ピノ。“メッシを超えた”スペインの新星の凄みと、タレントを生かすチームの戦術を掘り下げる

2022.03.07

2021-22の戦いも残すところ3分の1を切り終盤戦に突入したラ・リーガで、将来を嘱望されていたタレントが離れ業を演じてみせた。第26節エスパニョール戦で4ゴールをマークしたビジャレアルのFWジェレミ・ピノだ。ペドリ、ガビらに続く10代のニュースター候補のプレーの特徴を、彼を生かすチームの戦術とともに分析する。

 先日のエスパニョール戦でのジェレミ・ピノの4ゴールは、様々な記録を作った。リーガ史上6人目の10代(19歳129日)での4ゴール達成でビジャレアルでは初、前半だけでハットトリックした選手の中では史上最年少となり19歳250日のリオネル・メッシを上回った……などなどだ。

 トップデビューは2020年の10月で、久保建英とポジションを争う形になったので日本でも注目された。[4-2-3-1]の2列目左右サイドでのウナイ・エメリ監督の優先順位は当初、右:サムエル・チュクウェゼ→久保→ジェレミ、左:モイ・ゴメス→久保→ジェレミだったが、いずれも冬を迎える頃には久保を追い越し、ローテーション要員として先発で起用されるようにもなっていた。

フィジカル革命の申し子

 その時目を引いたのはがむしゃらさ。途中起用されてファーストプレーで何かを見せる。スペースへのフリーランだったり、猛烈なプレスだったり、強引なシュートだったり、勢い余ってのファウルだったり。久保が大人しかったので余計に印象に残った。良いプレーとか気の利いたプレーとかクオリティが高いプレーとかではなく、体を使ってとにかくインパクトを残す。これも久保の繊細さとは対照的だった。

 日本でもスペインでも若い選手は体ができていないとか、フィジカルが弱いという先入観がある。体格重視のGK、DFは別としてMF、FWは特にそうだ。それは長年の経験から見て取られたスタンダードとして正解だったが、スペインでは近年それが変わろうとしている。ペドリ(19歳)、ブライアン・ヒル(21歳)は細身でも90分間走り続けられ、体幹の太いガビ(17歳)は当たりも強い。いずれも大人のサッカーの中にいきなり入れても遜色なかった。相手の前進を止めるファウルとプレスがこなせるから、安心してグラウンドへ送り出せた。

 サッカーは変わった。いくらタレントがあっても、若さが守備面の穴になるような選手は今のサッカーでは使いづらい。例えば、同じカナリア諸島出身のタレントでもかつてのファン・カルロス・バレロンと今のペドリでは守備への貢献度がまったく違う。スペインの育成でフィジカル革命が起こったことは間違いない。

 ジェレミはその申し子である。

 性格も大人で、表情があまり緩まない。寡黙というわけではなく、歯を喰いしばった感じでプレーする。例えばファウルを受けた時、プレーそっちのけでアピールする選手とプレーを続行する選手がいる。後者は失ったボールにまずプレスに行き、審判がプレーを止めたらアピールをする。ジェレミはこっちのタイプだ。スペイン人はアピール好きだが、それはプレーが止まっている時だけ。

 というわけで、ジェレミにはいきなりでも突然でも好プレーが期待できる。投入直後だから、終了間際だから集中力が欠けているということはない。油断がない。心だけでなく体もそうだ。身長の割に体幹が太く肩幅も広い。が、だからといってエンジンが温まるのに時間がかかるわけではない。そこは若さの利点なのか、90分間、自分のベストを出せる準備が精神面でも肉体面でも整っている。

 ゆえに、周囲との理解不足が非常に少ない。彼のプレーを見ていると“こっちにボールが欲しかったのに”というシーン、逆足にパスが来てミスをするというシーンをあまり見ない。統計を取ったわけではなく感覚的なことだが、周りの流れに乗って淀みなくプレーしている。これは彼が周りを使う選手ではなく、周りに使われる選手であることを意味している。ドリブル、パスといった個の突破力に優れているわけではない。突然、自慢の馬力でドリブルをして何人か抜くことはある。が、それはサプライズだから効果的なのであって、ボールを受けたら必ず対角線ドリブルを仕掛けるという選手ではない。それよりも、ドリブルの姿勢だけ見せてマーカーを釘付けにし、オーバーラップして来たSBにボールを預けて自分はゴール前へ走り込む、というプレーを優先する。

 要は、彼は攻撃のアクセントではなく、周りの意図を理解し流れに最小限のタッチで効果的に介入した後、フィニッシュに全精力を捧げるタイプのFWなのである。

ラジョ・バジェカーノ戦でドリブルを仕掛けるジェレミ。2002年生まれの19歳は今季ここまで6ゴールをマーク。昨年スペイン代表デビューも果たしている

 それを証明するのがあの4ゴールだ。

“ごっつぁん”にありつける理由がある

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ジェレミ・ピノビジャレアル

Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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