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ポジティブに働きかけたプロセスの果実。湘南ベルマーレを再生させた山口智監督の手腕

2021.12.28

最終節でJ1残留を手にした湘南ベルマーレ。シーズン途中に浮嶋敏・前監督の退任を受け、コーチの立場から指揮官の座を引き継いだ山口智監督が、チームに大きな刺激と確かな一体感をもたらしたことは見逃せない。若き知将はどういう過程を経て、ベルマーレをあらためて戦う集団として再生させたのか。温かい目線と厳しい視点を同居させながら、クラブを見守り続けてきた隈元大吾に、その真実を解き明かしてもらおう。

最終節で勝ち獲ったJ1残留

 J1残留を果たした今季最終戦の試合後、指揮官が真っ先に口にしたのは、来季再びトップリーグの舞台で戦う切符をつかんだことではなく、選手たちの姿勢についてだった。

 「試合に勝てなかったことは残念ですが、選手が見せてくれたパフォーマンスは、準備してトライしようとしていたこと。なので、内容に関してはすごくポジティブなものだったと思います。選手が想いを持ってプレーしたからこそ最後残留に繋がったと思いますし、非常に楽しい90分でした」

  12月4日、J1最終節。16位の湘南ベルマーレはガンバ大阪とのアウェイゲームに臨み、相手を上回る内容をもって、スコアレスドローで勝点1を積み上げた。時を同じくして、勝点で並んでいた17位の徳島ヴォルティスがサンフレッチェ広島に2-4で敗れたため、最終戦までもつれ込んだ残留争いは湘南に軍配が上がった。

 湘南の山口智監督は、冒頭の言葉にこう続けた。

 「選手は良い反応で練習してくれていたので、それをどれだけ出せるかが楽しみだった。『やってきたことを出してくれれば』という想いはずっとあったし、信じていました」

 プロは結果がすべてと言われる。残留争いの渦中に指揮を引き継いだ山口監督も、「勝つための方法を探り、勝つための練習をして、勝つための生活をする」と語り、相手を圧倒しながら引き分けに終わった試合の後には、「勝ちに対する欲をもっと持たなければならない」と引き締めた。だが、かように日頃から勝負へのこだわりに言及する一方で、選手に対するアプローチは結果ありきではなかった。「とにかく思い切ってやってほしいし、失敗を何回も繰り返し、ミスも受け入れながら成長していく」と語ったように、トレーニングから前向きな姿勢を選手たちに求め、ミスを恐れることから解放し、あわせて個々の特長を引き出していく。果たして彼らは躍動し、優勝争いを演じる川崎フロンターレや横浜F・マリノスを凌駕するだけの戦いを示しもした。そうして手にした結果は文字通り、指揮官がポジティブに働きかけたプロセスの果実だった。

J1第30節、川崎戦では15分に田中聡のゴール(1:33~)で先制。後半に惜しくも逆転を許したが、前半はJ1王者のお株を奪う鮮やかなパスワークで一気にゴールに迫る場面(2:29~)もあった

結果以上に気になった試合内容の不安定さ

 2019年10月、曺貴裁監督の退任に伴い指揮を受け継いだ浮嶋敏監督のもと、湘南はJ1参入プレーオフ決定戦を経て、J1残留を勝ち取った。昨季は最下位に終わったものの、コロナ禍における降格なしのレギュレーションに助けられ、3年連続で残留を決めた。

 継続路線による積み上げが期待された今季はしかし、開幕3連敗を喫するなど序盤から厳しい戦いが続いた。のちに記したJ1でのクラブ記録となる8試合連続負けなしも、粘り強い守備の成果であると同時に、勝ち切れないことと表裏一体だった。

 なにより結果以上に気になったのは試合の内容だ。売りであったはずの強度が低下したことは否めず、ボールホルダーを追い越す動きやゴール前に人数をかけて大挙する迫力は色褪せた。浮嶋監督は選手のケガの防止に人一倍心を砕いており、その影響も背景にあったかもしれない。ただいずれにせよチームの躍動感は薄れ、かつてリーグ1,2を争ったチームの平均走行距離とスプリント回数も、いつしか中位に後退していた。

 指揮官は、曺監督の下で培った湘南スタイルをベースに、戦いの幅を広げることを標榜した。武器とする縦に速い攻撃に加え、遅攻の質を高めることに取り組んだのである(断っておくが、幅を広げる取り組みは曺監督も行なっていた。「現代サッカーではカウンターもポゼッションも両方できなければ勝ち抜けない」と、折に触れ欧州のトップクラブを引用しながら語っていたように、曺監督は在任中さまざまなトライを施し、チームもまた成長の途上にあった)。……

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隈元 大吾

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