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ミランは“金融商品”になったのか?「G.F. OUT」が噴き出した理由

2026.05.15

CALCIOおもてうら#69

イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。 

今回は、ミランで噴出したジョルジョ・フルラーニCEO批判を入り口に、現代フットボールにおける「勝利」と「経営」のねじれを考える。財務改善とグローバル戦略で成功を収める一方、ピッチ上では迷走を続ける名門クラブ。そこにサポーターが見ているのは、単なる成績不振ではなく、“ミランらしさ”そのものの喪失なのかもしれない。ウルトラスの抗議、マルディーニ解任の余波、そしてアメリカ型スポーツビジネスとの衝突――その背後にある「ローカル対グローバル」の構図を読み解く。

「G.F. OUT」の衝撃——サンシーロで何が起きたのか

 ミランの周辺にきな臭い匂いが漂っている。

 監督にアレグリを迎え、モドリッチ、ラビオという年季の入った新戦力の大きな貢献もあって、シーズン半ば過ぎまではインテルと首位争いを展開、そこから後退した後も春先までは安定して2位の座を確保するなど、新たなサイクルの1年目は順調に運んでいるように見えた。3月8日のミラノダービーで宿敵インテルを1-0で下し、シーズン残り10試合の時点で勝ち点差を7まで詰めた時には、4年前の21-22シーズンを彷彿とさせる逆転優勝への期待すら高まったものだった。

 ところが、このダービーに続くラツィオ戦を0-1で落として以降、直近の8試合は2勝1分5敗という急ブレーキ。単独2位が安泰に見えた順位も、残り2試合となった現時点でナポリ(勝ち点70)、ユベントス(同68)に先行を許し、勝ち点で並ぶローマ(同67)にかろうじて直接対決で上回る4位に滑り落ちた。残り2試合の結果次第では、シーズンの最低目標でありクラブ経営上の生命線であるCL出場権を逃しかねない状況に陥っている。

 この急激な不振により先週末サンシーロで行われたアタランタ戦では、クルバ・スッド(南ゴール裏)2階席のウルトラスが試合開始前に、スマートフォンのライトなどを使って「G.F. OUT」という人文字を作ってクラブに抗議するという出来事があった。「G.F.」というのは、2018年に経営権を取得したエリオットから役員としてミラン入りし、そのエリオットからレッドバード・キャピタルにオーナーが替わった2022年末からCEOを努めるジョルジョ・フルラーニのこと。試合中もウルトラスは「フルラーニ出て行け」というチャントを歌い、ミランが0-3とリードされた後はスタンドを空にして抗議を続けた。

フルラーニは経営改革の功労者か、混迷の元凶か

 フルラーニは、役員としてエリオットからレッドバードへの橋渡しを担い、CEO就任後もクラブの財務体質改善と経営組織の現代化を進めて、過去最高の収入を計上すると同時に黒字化を達成するなど、経営レベルでは小さくない成果を残してきた。前時代的なパトロン経営の限界が露呈したベルルスコーニ末期、そしてきわめて不透明だった中国人オーナーによる放漫経営を経た2010年代末にはほとんど破綻寸前だったミランを、「優良企業」と呼べる水準まで立て直した功労者の1人であることは間違いない。しかしその一方で、クラブの「コアビジネス」たるべきピッチ上のパフォーマンスと結果、そしてその土台となるチームの強化戦略や監督人事といった領域においては、成果よりもむしろ混迷をもたらしてきたことも否定できない。

 クラブ史に残るレジェンドであるだけでなく、テクニカルダイレクターとしても、財政的な制約の中で困難なチーム再構築を成し遂げ、21-22シーズンのスクデットに象徴される2020年代前半のピッチ上での成功をもたらしたパオロ・マルディーニの解任に関与すると(半年後にマルディーニが『La Repubblica』に語った独占インタビューなどの状況証拠から見てその可能性は非常に高い)、その後は本来の職域である経営・財務を超えてチーム強化をはじめとするスポーツ領域にまで自らの権限を拡大した。しかしそこから現在までの3シーズンは財政面とは裏腹に、ピッチ上では迷走に近い状況が続いている。

 23-24の終盤にペースダウンして2位に終わった後、在任5年目のピオーリを切り、大型補強を敢行して新たなサイクルを立ち上げようとした判断は、必ずしも誤ってはいなかったかもしれない。しかし、難航した末に選んだ後任監督のパウロ・フォンセカに十分なバックアップを行わず、シーズン半ばに見捨てるような形で途中解任。さらに後釜に招聘したセルジョ・コンセイソンも、ほとんど使い捨てられるような形でシーズンを終えることになった。最終成績は8位。過去4シーズン保ってきたCL出場権を手放す結果となった。

 アレグリを指揮官に、空席だったスポーツダイレクターにイグリ・ターレを迎え、さらに陣容に手を入れて臨んだ今シーズンは、ようやく新たなサイクルの土台が固まるかのように見えた。しかし終盤戦の失速でそこに大きな影が差し、サイクルの基準点たるべきターレとアレグリの立場が揺らぎ始めたという報道も、ここにきて出始めている。

サポーターは何に怒っているのか?

 しかし、フルラーニへの抗議は、こうしたピッチ上における直近の不振だけが原因ではない。というよりも、それは単なる引金でしかなかったと言った方がいいだろう。大きいのはむしろ、この現状をもたらした現オーナーの経営戦略とそれを支えるビジネス論理に対して、ウルトラスだけでなく少なくないサポーターが抱いている根強い反感の方だ。

……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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