REGULAR

鈴木唯人の明瞭な変貌。よりタフに、より素早く、そしてより高みを目指して

2026.01.10

遣欧のフライベリューフリッヒ#21

「欧州へ行ってきます」。Jリーグの番記者としてキャリアをスタートさせ、日本代表を追いかけて世界を転戦してきた林遼平記者(※林陵平さんとは別人)はカタールW杯を経て一念発起。「百聞は一見にしかず」とドイツへの移住を志した。この連載ではそんな林記者の現地からの情報満載でお届けする。

今回は2025-26シーズン開幕時から取材を行ってきたフライブルクのMF鈴木唯人にフォーカス。順風満帆なスタートに見えた日本代表選手が味わった挫折、そこからの変貌ぶりと躍進。そして、さらなる高みを見据える男の“いま”に迫った。

訪れた危機と、持っていた覚悟

 その時、時計の針は後半40分を回っていた。

 ドルトムントの黄色い波がフライブルクの陣内へと襲いかかってくる中、1本のパスに対し、自陣の深い位置まで猛然とプレスバックする背番号14の姿があった。相手の前に体を入れ、力強くボールを遮断する。開幕直後に「攻撃面は光るものがあるけれど、強度が足りない」とベンチ外の屈辱を味わっていた鈴木唯人が、こんなプレーを見せるようになると誰が予想していただろうか。

 「このチームはみんなが頑張るし、誰一人として王様みたいな選手がいない。攻撃の選手だからといって守備をサボっていいわけでもない。他のチームだったら(サボっても)いいかもしれないですけど、ここは違う。ある程度できることは増えていると思ってます。試合を見てもらえばわかると思います」

 第14節・ドルトムント戦後、鈴木は自らのプレーをそう振り返った。

 「試合を見てもらえばわかる」という言葉には、華やかなテクニックの裏側に、ブンデスリーガで生き残るための“掟”を叩き込まれた自負がにじんでいた。

 かつての彼は、技術で局面を打開することに長けた「攻撃の選手」だった。しかし、その泥臭いワンプレーに見られたものこそが、彼がフライブルクという新天地で手に入れた新しいアイデンティティそのものだった。

 わずか数カ月前、フライブルクに加入した直後の鈴木は、この献身性を表現し切れていなかった。本人も、ブンデスリーガという戦場の本質をまだ計りかねていたのかもしれない。開幕2試合で先発に名を連ねたものの、局面局面で繰り広げられる球際の激しさに沈黙。なかなかボールに関わることができず、ピッチから消える時間が増えた。そして、その後に待っていたのは、過酷な“ベンチ外”という通告だった。

 不運も重なった。開幕連敗を喫したチームが戦術の再構築を迫られたタイミングで、鈴木は日本代表活動のためにチームを離れた。新加入選手が指揮官の目の届かない場所で序列を維持するのは至難の業。代表から帰還した頃、スタメンの座は別の選手に奪われてしまっていた。

 ただ、ここで簡単に折れるような選手ではない。これまで在籍したチームでもスタメン奪取に時間がかかった過去もあり、「ある意味、僕としては違和感がある」と開幕スタメンについて語っていた男だからこそ、落ち込むことなく、再び自分の信じる道を突き進んだ。

明確な意思で遂げた変貌

 求められたのは”強度”だった。

……

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Profile

林 遼平

1987年生まれ、埼玉県出身。2012年のロンドン五輪を現地で観戦したことで、よりスポーツの奥深さにハマることに。帰国後、サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の川崎フロンターレ、湘南ベルマーレ、東京ヴェルディ担当を歴任。現在はフリーランスとして『Number Web』や『GOAL』などに寄稿している。

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