過半数に達したセリエA外国資本、「経営の健全化」と「ローカルとの対立」という表裏の関係

CALCIOおもてうら#38
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、今年1月のエラス・ベローナの買収でセリエA20クラブ中11クラブと過半数に達した外国資本によるオーナーシップがもたらす正と負の両面について考えてみたい。
いささか旧聞に属するが、この1月初め、エラス・ベローナがアメリカの投資ファンドに買収されたことで、セリエAは全20クラブ中過半数の11クラブが外国資本の保有となった。これは、プレミアリーグの15クラブに次いで多い数字だ。
外国資本11クラブの内訳
セリエAへの外国資本参入は、現在トッテナムのオーナーであるダニエル・レビーが設立した英国の投資会社ENICがビチェンツァを買収した1997年にさかのぼる(その後2004年に国内資本に売却)。ただ、これは当時の欧州サッカー全体でも先駆的な特殊事例で、本格参入が始まったのは2010年代に入ってから。2011年にアメリカの投資家グループがセンシ家からローマを買収したのを皮切りに、13年にはインテルがモラッティ家からインドネシアの実業家エリック・トヒルの手に渡り、17年にはベルルスコーニ家がミランを中国人実業家ヨンホン・リー(李勇鴻)に売却するなど、ビッグクラブ、中堅クラブの外国資本への身売りが相次いだ。
この背景には、2010年代に入って欧州サッカー、とりわけCLと5大リーグ上位というトップレベルにおいて「市場のグローバル化」が進み、それに伴ってビッグクラブの戦いの場が国内市場からグローバル市場へと移行しビジネス規模も拡大する中で、資金力に限りがあるローカルオーナーではクラブを支えきれなくなるという時代の流れがあった。
特にイタリアの場合、スタジアム開発の遅れをはじめとする個別事情から、トップクラブの収益がイングランド、スペイン、ドイツのようには成長せず、しかしCLでの国際競争力を維持するために強化費、人件費などの運営コストだけは増大、結果として収支が大きく悪化して赤字が慢性化、ローカルオーナーが私財を投じてクラブを支える「パトロン型経営」が通用しなくなった。そこにビジネスチャンスを見出した外国資本が参入してくるという形で「資本のグローバル化」が進んでいったというわけだ。
とりわけ、シティ・フットボール・グループやレッドブル・グループによるMCO(マルチクラブ・オーナーシップ)戦略が成功事例として注目され、また巨額の資金を運用するPEファンドが欧州プロサッカーの成長性に着目し始めた2010年代末以降は、イタリアも含めた欧州全体でグローバル資本の参入が雪崩を打って進むことになる。現在、外国資本をオーナーに持つセリエA11クラブは以下の通り。
①ローマ(2011年/ジェームス・パロッタらの米投資家グループが買収。2020年/米フリードキン家に譲渡。フリードキン家は2024年エバートンも買収)
②インテル(2013年/エリック・トヒルが買収。2016年/蘇寧グループに売却。2024年/米オークツリーに経営権移転)
③ボローニャ(2014年/イタリア系カナダ人実業家ジョーイ・サプートが買収)
④ミラン(2017年/李勇鴻が買収。2018年/米エリオットに経営権移転。2022年/米レッドバードに譲渡)
⑤フィオレンティーナ(2019年/イタリア系アメリカ人実業家ロッコ・コンミッソが買収)
⑥コモ(2019年/インドネシア財閥ジャルムグループが買収。当時はセリエC)
⑦パルマ(2020年/米実業家カイル・クラウゼが買収。直後にセリエB降格も24-25にA復帰)
⑧ベネツィア(2020年/米実業家ダンカン・ニーデラウアーが買収。当時はセリエB)
⑨ジェノア(2021年/米投資ファンドの777パートナーズが買収。当時はセリエB。2024年/ルーマニア人実業家ダン・スークに譲渡)
⑩アタランタ(2022年/米投資家パリューカに過半数の株式譲渡。経営は前オーナーのペルカッシ家が継続)
⑪Hベローナ(2025年/米投資ファンドに売却)
現オーナーの内訳を見ると、投資による経営改善、企業価値向上からの売却を本業とするPEファンドの保有下にあるのがインテル(オークツリー)、ミラン(レッドバード)、Hベローナ(プレシディオ・インベスターズ)の3クラブ。アタランタ(ステファン・パリューカ=ベイン・キャピタル)、ベネツィア(匿名の投資家グループ)も専業投資家がオーナーだが、売却よりも長期保有を前提としている点が上記3クラブとはやや異なる。
それ以外のオーナーは本業を別に持っている中で事業多角化の一環としてサッカークラブを買収し、やはり長期保有を前提に投資している実業家という色彩が濃い。
彼ら外国人オーナーの参入は、イタリアサッカーに様々な変化をもたらしている。最も大きいのは、クラブの経営戦略に関わる側面だ。
長期計画が実を結んだボローニャの成功例
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。