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伊沢拓司のスパーズ総括。“ちょっと遅い”ポステコグルーは今季、本当は何を目指していたのか?

2024.06.07

the SPURs for the Spurt 〜N17から眺めるプレミアリーグ〜 #2

ついつい、シーズンが終わると明るい気分になってしまうのは「ここからは良くなる一方だ!」という希望的観測ばかりが先走るからだろう。即座に大量の移籍情報が飛び交い、妄想が膨らんでいく。バカンスを楽しむ選手たちやプレシーズンマッチの情報を消費しているうちに、楽しくないことを忘れてしまうのだ(私個人の性格の問題かもしれないが……)。

18-19シーズン以来の、監督交代なしでシーズンを終えたスパーズ。これほどたっぷりと検証材料があり、かつ来季の継続性も期待されているタイミングは、ここしばらくなかった。連載第2回にして早くも「プレミアリーグを俯瞰する」というコンセプトからだいぶ外れそうだが、今回はスパーズのみに絞って、たっぷりシーズンの振り返りをしていこう。

全体振り返り

 勝ち点は66、4位と2ポイント差の5位フィニッシュとなった。ヨーロッパリーグへの参加が確定し、2シーズンぶりの欧州戦復帰となる。

 新監督アンジェ・ポステコグルーがプレシーズンの早い段階で就任し、意図に合致した戦力補強も行ったうえで迎えた開幕。10試合で8勝2分無敗、首位という最高のスタートを切った。結果としてポステコグルーは3カ月連続でリーグ月間最優秀監督を受賞。この頃は毎日が幸せであったことよ。

 しかし、11試合目のチェルシー戦からすべてが暗転し始める。開始10分までは圧倒していたスパーズだが、ロメロの一発退場、ここまで獅子奮迅の活躍を見せていたマディソンとファン・デ・フェンの相次ぐ負傷交代、さらにはウドギまで退場してフィールド上9人……という目も当てられない状態に。そこから見せた超ハイライン戦術にサポーターは沸いたが、終盤の失点で力尽き、チームはリーグ初黒星を喫したのだ。

 試合後には奮闘に拍手を送っていたサポーターたちも、すぐさま現実に引き戻された。一試合にしてチーム状況は惨状と言うしかないものになっていたのだ。戦術の要であった2CBと、攻撃のタクトを振るうマエストロの離脱。状況は一変した。

昨年11月6日の第11節、チェルシー戦(1-4)のハイライト動画。前代未聞の“0-7-1”システムは7:50〜

 続くウルヴズ戦を終盤の2失点で落とすと、順位争いのライバルであるアストンヴィラ相手にも敗れ3連敗。次の試合でマンチェスター・シティ相手に引き分けたことでチームはリズムを取り戻したかに見えたが、その後も決めきれない試合は続き、序盤の勢いはもはや残っていなかった。

 怪我から復帰したマディソンが本調子を取り戻せず、スカッド全体に疲労の色がうかがえる中で、こちらの戦術も徐々に対応されていく。5バック相手に崩しきれないシーンやセットプレーの脆さ、カウンター対応の拙さなどにより、ほとんどの試合でクリーンシートを取れなくなっていた。アンカーであるビスマの個人技や右サイドの連係で持っていたビルドアップも、ビスマの不調や対策によって機能不全に。マディソンやソン・フンミンがボールを引き取りに降りるシーンが増え、そうなると前に進もうにも前線に人が少ない、ゆっくり押し込んだら中央に選手が密集しすぎて崩せない……という手詰まりに陥っていた。

 それでも点を取れていたうちはサポーターも前向きだったのだが、3-0で見どころなく敗れたフルアム戦あたりから風向きが変わってくる。しっかりと対策をしてきた相手に上述した事象のほぼすべてが起こりチームは崩壊。ポステコグルーは「今季最悪の試合」と振り返った。その後は下位チームには勝ちきれるもののトップハーフのチームにことごとく勝てず……リーグでは20年ぶりとなる4連敗も経験し、課題を多く抱えての5位フィニッシュと相成った。

3月16日の第29節、フルアム戦のハイライト動画。その後4月中旬からはニューカッスル(4-0)、アーセナル(2-3)、チェルシー(2-0)、リヴァプール(4-2)を相手に4連敗を喫した

②良かった点

 兎にも角にも監督が辞めずにシーズンを終えられたこと、これがもうとてもホッとした。CL決勝に進出した18-19シーズンくらいから、チームは前回も触れた通り「混迷」と言える状況にあったのだ。スタイルに拘って、意思を貫いての5位フィニッシュは、とてもよく持ち直したと言えるだろう。

 もちろん監督のおかげでもあり、選手のおかげでもあるが、2021年から2年間MD(マネージングディレクター)を務めていたファビオ・パラティチによるかねてよりの補強戦略が、ポステコグルーの求める戦力と合致したことも見逃せない。財政規律を保つというスパーズの至上命題の中で、未来志向で補強した選手たちの開花期と、安定した監督の就任が、タイミングとして一致したことは幸運であった。ポテンシャルのある選手たちが揃う中で、ポステコグルーのスタイルはなお「自分のやり方に当てはめていく」形ではあるのだが、そのスタイルでなお結果を出したところを評価したい。サイドからグラウンダーのクロスを差す必勝の得点パターンや、シティやアーセナル相手にもある程度は機能したポゼッション能力など、チームとしての狙いは随所で実現されていた。グラグラだったチームが一年でここまでスタイルを作り上げた、という点は間違いなく良いところだ。

 カルチャーを変革しうる存在としても、ポステコグルーが存在感を示したことは個人的に喜ばしい点である。終盤のシティ戦、アーセナル優勝を避けるべく敗戦を望むサポーターやチーム関係者に対して彼は激怒していた。「勝利することこそ我らが目的」、そう考えるポステコグルーは、このチームに長年まとわりつく悪い空気を払ってくれるのではないだろうか。歴代監督からも指摘されてきた勝負弱さ=“Spursy”という宿痾(しゅくあ)を取り除ける薬があるなら、その第一候補は間違いなくポステコグルーのメンタリティである。もっとも、彼自信はスパーズについて「ここのところは常に上位に居たチームだ」として「敗者のメンタリティ」的なものを否定してはいるのだが。

 クラブからポステコグルーへのサポートも、どうやら手厚そうである。4連敗中ですら解任についての話はメディアからは出て来ず、逆に「今夏の移籍マーケットでは大幅支援をする」といった報道がかねてより続いている。クラブによるメディアコントロールが効いているという前提ではあるが、「今回こそは、腰を据えてチーム作りをするぞ」という姿勢は各所から感じられるところだ。おそらくポステコグルーが監督として契約するときにはそうしたクラブの姿勢を前提としていただろうから、現場と経営層が一年経っても同じ方向を向いている、という点において現状は安心である。

課題

……

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Profile

伊沢 拓司

私立開成中学校・高等学校、東京大学経済学部卒業。中学時代より開成学園クイズ研究部に所属し開成高校時代には、全国高等学校クイズ選手権史上初の個人2連覇を達成。2016年に、「楽しいから始まる学び」をコンセプトに立ち上げたWebメディア『QuizKnock』で編集長を務め、登録者数200万人を超える同YouTubeチャンネルの企画・出演を行う。2019年には株式会社QuizKnockを設立しCEOに就任。クイズプレーヤーとしてテレビ出演や講演会など多方面で活動中。ワタナベエンターテインメント所属。

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