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ドイツからやってきた“ディエゴ”。デンメがナポリでのプレーを語る

2020.03.29

文 鈴木達朗

 RBライプツィヒ時代、ユリアン・ナーゲルスマン監督の下で不動の地位を築いていたディエゴ・デンメ。冬の移籍でナポリに移籍すると、憧れのジェンナーロ・ガットゥーゾ監督の信頼をすぐに勝ち取った。幼少の頃からナポリのユニフォームを着て駆け回っていたデンメは、親子の夢を背負ってサン・パオロの舞台で戦うことを選んだ。

“ディエゴ”の名に見合った成果を

 イタリア人でナポリのティフォージ(熱狂的なファン)でもある父親を持つデンメは、3月11日付の『シュポルトビルト』のインタビューの中で、ナポリとの契約書にサインをした瞬間をこう振り返っている。

 「僕が契約書にサインをした瞬間、父の目からは涙が流れていた。とても感情的な瞬間だったよ。父は、今では落ち着いたけれど、それでもほぼ毎試合、スタジアムに来ているんだ」

 そして、父親から与えられた“ディエゴ”という名前――ナポリで活躍したディエゴ・マラドーナと同じファーストネーム――が、ナポリではプレッシャーになると周囲の人々に言われたようだ。

 「ナポリの人々にとって重要な名前を持つことで苦労するだろう。名前に見合ったパフォーマンスを見せないといけないぞ、とね」

 「子供の頃、イタリア語を話すが嫌だった。うまく話せなかったし、他の人たちの前でイタリア語を話すのが恥ずかしかったからね」と、イタリア語に関してはバイリンガルに育たなかったことを後悔しているという。一方で「でも、イタリアに来てからは少しずつ良くなっている」と、順応し始めている様子も見せている。

「RBライプツィヒには感謝してもしきれない」

 デンメにとって、憧れの選手は現監督のジェンナーロ・ガットゥーゾとアンドレア・ピルロだった。選手時代のガットゥーゾは、“猛犬”と呼ばれるほどの迫力で縦横無尽にボールを狩りに行くMFだった。監督としては、コンパクトな布陣で戦い、非常に堅固な守備からカウンターを仕掛ける印象が強い。UEFAチャンピオンズリーグのホームでバルセロナに1-1と引き分けた試合は、その真骨頂とも言える。

 だが、デンメから見た印象は違う。RBライプツィヒのナーゲルスマンとの共通点もあり、サッカー面でも適応しやすかったと話す。「ナーゲルスマンもガットゥーゾも、ボールを保持して、相手を走らせようとするんだ」と印象を語っている。

 そのRBライプツィヒには「感謝してもしきれない」と話す。ナーゲルスマンも「純粋にサッカーの観点から見れば、絶対に放出したくはなかった」と話している。しかし移籍先がナポリだと知ると、クラブは3部時代からチームを支えた功労者である彼の移籍を許したという。

 「(移籍させてくれたことは)人間的な面で大きな価値のあることだった。現代のサッカー界で、(損得勘定抜きで選手の夢を叶えさせてくれるような)こんなことは、ほとんどないからね」

 スタディオ・サンパオロで初めてCLの舞台を戦ったバルセロナ戦では「鳥肌が立った」と語り、「まさにその瞬間を夢に見続けてきたんだから。夢が本当に実現するなんて、本当に信じられないような話だよ」と振り返る。

 いつか、再びサッカーが日常に戻る時、ドイツから来た“ディエゴ”が、再び中盤の底で泥にまみれて奮闘する姿に目を奪われるだろう。


Photo: Getty Images

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Profile

鈴木 達朗

宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。