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『レキップ』のライバルとなり得るか。デジタル版の新メディアが誕生

2019.12.27

 総合スポーツメディアといえば『レキップ』というのが定着しているフランスで今月、新たにデジタル版オンリーの総合スポーツニュースメディアが誕生した。その名も『Minuit Sport』である。「Minuit」とは真夜中、あるいは0時のこと。毎日、深夜0時に発行されることからこの名前がつけられた。

2020年のビッグイベントに向けて

 発行元はフランスの日刊紙で発行部数ナンバー1を誇る『ouest-france』(ウェスト・フランス)。フランス北西部のブルターニュ〜ノルマンディ〜ロワール地方を拠点とし、ローカルニュースだけでなく全国ニュースにも重点を置く一般紙だ。松井大輔がル・マンに所属していた時、筆者はよく同紙の記者たちとご一緒させていただいた。

 マーケティング・ダイレクターのオリヴィエ・ポルト氏によれば、『Minuit Sport』の構想は今年の夏に浮上したという。『ouest-france』の地場にはレンヌやナントを筆頭に数多くのプロサッカークラブがあり、自転車競技やヨット、バスケットボールも盛んで、もともとスポーツに関するトピックは国内でも豊富なエリアだ。

 加えて2020年は、サッカーのユーロやオリンピックも開催されるスポーツ豊穣の年であるから、スポーツに強いという同紙の利点をこのタイミングで何か別の形にしたいと考えたのだという。

 既存の読者にはスポーツ専門メディアという「プラスアルファ」を提供し、またスポーツから入った読者には、そこから他の社会トピックなどを扱う『ouest-france』にも興味を持ってほしい、という相互作用も狙っている。

 ヴァンサン・コテ編集長によると、これまで紙面だけでは納め切ることができなかった記事をデジタル版で扱えることも、制作サイドにとっての大きな魅力だという。印刷メディアにはどうしても文字制限がある。実際、文字数の関係で入れたい文章を泣く泣く削る、というのはよくあることだから、この発想には多いに賛同できる。

地元記者はその登場を歓迎

 全20ページ構成の本紙を実際に見た感想としては、もとが新聞系だけあって、内容はジャーナリスティックで硬派。情報系のサイトとはカラーが全く違う。難点は、このデジタル新聞のフォーマットが使いづらいことか。

 フランス人の記者仲間数人に感想を聞いてみたら、みな異口同音に「『レキップ』の競合メディアができるのはいいこと」と話していた。

 2008年に『Le 10 Sport』、というスポーツ専門の日刊タブロイド紙が登場したが、間もなく週間になり、今はデジタル版だけになっている。この時、『レキップ』の親会社『アモリー』は似たようなタブロイド版を新たに発行して『Le 10 Sport』を妨害するような姑息なマネをしたのだが、そんなことをしなくても寿命は長くはなかったと思う。今のウェブ版もゴシップ系の記事が中心で、明らかに『レキップ』とは読者層が違う。

 「有料にしたのは大きなチャレンジ」という意見もあった。2020年1月15日までは無料でお試しできるが、それ以降は4.99ユーロ/月。約600円ほどだ。ちなみに、『レキップ』はその倍の9.99ユーロだが、ページ数も倍で40ページある。

時間、オリジナリティ、多様性が3本柱

 『Minuit Sport』が目指す3本柱は

・時間
・オリジナリティ
・多様性

 だそうだ。「時間」は、UEFAチャンピオンズリーグなど平日夜の試合についても、試合終了後間もない深夜0時には記事が読めること。「オリジナリティ」は、「プリントメディアとデジタルのハイブリッド」であること。速報性を重視しつつも情報系サイトより新聞的な内容であり、自社カメラマンの写真を使用できるため、ウェブメディアより写真もぐっと充実している。また、デジタル版で興味を持った内容について、紙面ではより深掘りした記事で後追いする、という連動性も提供できる。

 そして「多様性」は、前述したようにスポーツ競技が豊富な土地柄を生かしたもの。『ouest-france』はスポーツ部門だけで60人の記者を抱えており、彼ら精鋭が存分に筆をふるうということだ。

 アプリの開発も急ピッチで進めているとのことなので、2020年のスポーツイベントが開催される頃にはスマートフォンでも見られるようになるらしい。

 ちなみに、『レキップ』のことは競合として意識はしていないという。

 『レキップ』も0時を過ぎると翌日発行される紙面と同じものがネット上で読めるので、この深夜0時にこだわったストラテジーが読者にとってどこまで魅力なのかは疑問、という気はする。試合後の記者会見場で、監督が話をするそばからノートパソコンでコメントを打ち込み、ほぼ同時ぐらいのタイミングでネット上にアップしている記者の姿はもはやすっかり“普通”の光景となったが、時間に追われすぎて心身を壊さないかと心配でもある。

 全世界に名を轟かす『レキップ』は、読者がすでに記事の傾向やスタイルに慣れ切っているため、『Minuit Sport』彼らの牙城を崩す、ということにはならないと思う。一方で 『レキップ』 は影響力が大きいだけに、取材先にも読者にもアンチがいないわけではない。昨シーズンも『レキップ』の記者はパリ・サンジェルマンの会見では出入り禁止になっていた。

 それでも、縮小の話は多々あれど拡大の話はほとんど聞かない今のスポーツメディア界で、新たな挑戦に打って出た『ouest-france』の心意気は大いに応援したい。


Photo: Getty Images

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小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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