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道半ばで解任されたモンテッラ、書簡でクラブに苦言を呈す

2019.12.23

 フィオレンティーナは12月21日、ビンチェンツォ・モンテッラ監督を解任した。イタリア系アメリカ人資本家のロッコ・コンミッソ氏がクラブの会長に就任してから、6カ月後に下した初めての決断だった。12月20日、フィオレンティーナはホームでローマに1-4と惨敗。試合後、ダニエレ・プラデSDは「会長が決断までに一晩ほしいと言っている」と報道陣に語っていたが、結局、解任の憂き目に遭った。

負のスパイラルから抜け出せず

 良くないムードを断ち切ることができなかった。若手主体で構成された布陣にエースのフェデリコ・キエーザを慰留し、さらにフランク・リベリという大スターまで得たチームは、シーズンが進むにつれて調子を上げてきてはいた。だが、第9節のラツィオ戦で1-2と破れた挙げ句、リベリが試合後に副審を突き飛ばして3試合の出場停止処分を科せられたあたりから歯車が狂い始める。

 第12節で絶好調のカリアリに大敗すると、そこから4連敗。第16節では首位のインテルに1-1で引き分けたが、それでも根本的な評価を覆すには至らなかったということになる。出場停止明けのリベリが故障して手術する憂き目に遭い、他にも故障者が多発する悪条件も重なった。

 そのモンテッラ監督だが、解任が決まった12月21日に書簡を発表。その中で「私やスタッフ、そしてピッチに立つ人間、すべてがミスを犯したが、間違えたのは我われだけはあるまい」などと問題提起をした。

 疑問を呈したのは、プラデSD率いる強化部門に対してだった。

 「私は若手と、十分に成熟した選手たちをミックスした戦力をそろえてほしかった。だが蓋を開けてみると、『生え抜きの若手とベテランに力点を置いて戦え』とほのめかされているようだった。それに、オーナーや幹部の中に、私が今シーズン、どのような目標を持って戦うべきかを指示してくれる人間はいなかった」

 同じ書簡の中で、モンテッラは選手たちやスタッフ、ファンなどには感謝を述べていたが、プラデSDに対しては一言も言及がなかった。

2度目の挑戦は志半ばで終了

 モンテッラはパンタレオ・コルビーノ前SDに呼ばれた監督だった。6月にオーナーが替わってコルビーノSDがクラブを離れた時、「モンテッラも一緒に解任されるのではないか」と報じる地元紙もあった。

 その後、コンミッソ会長はモンテッラの残留を決めたが、結局は6カ月後に解任することとなり、その相手から強化部門との意思疎通の欠如を指摘されるという皮肉な結果となった。

 一度はフィオレンティーナを強くした指導者だが、2度目の就任では自身が期待する戦力を得られず、改革は志半ばで終わった。一方で若手を重視するという指示には従い、ガエタノ・ガストロビッリやドゥシャン・ブラホビッチらを発掘するという手柄も挙げた。

 「自分が避雷針になるのは正しいことだ。今後もフィオレンティーナの味方でありたい」。モンテッラは書簡の中でそう語っていた。


Photo: Getty Images

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ビンチェンツォ・モンテッラフィオレンティーナ

Profile

神尾 光臣

1973年福岡県生まれ。2003年からイタリアはジェノバでカルチョの取材を始めたが、2011年、長友のインテル電撃移籍をきっかけに突如“上京”を決意。現在はミラノ近郊のサロンノに在住し、シチリアの海と太陽を時々懐かしみつつ、取材・執筆に勤しむ。