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リーグ開幕の1週間前に突如……ハリルホジッチ、ナント監督辞任

2019.08.06

「我ながら、少々大胆な決断をしたと思う」

 リーグ1の開幕を1週間後に控えたこのタイミングで、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、ナントの指揮官を辞任したことが発表された。

 8月2日の夜に行われたジェノアとの練習試合の後、ハリルホジッチ監督自らの口から、クラブに辞任を申し入れ、受諾されたと報告されたのだ。

 「少し前から考えていたが、1週間前に家族とも相談して決断した。新シーズンに向け、私は大きな野望をもって、この2、3カ月、いや、それ以上前から新チーム構築プロジェクトの準備をしてきた。しかし残念ながら、このプロジェクトは私が望んだようにはならないことがわかった」

 辞任を決めるに至った心境を、そう報道陣に明かしたハリル監督。

 「会長(バルダマー・キタ氏)とは建設的な話し合いができた。会長は懸命に引き止めようとしてくれたが、私の意思は固まっていた。友好的に合意に至った」

 自らの辞任となるため、解任されたときのように賠償金もつかず無一文での離職。モロッコ代表監督のポストをオファーされているなどの噂もあったが、今後についてはまるっきりの白紙状態らしく、「我ながら、少々大胆な決断をしたと思う」と、自嘲的に話す場面もみられた。

会長らフロント陣との緊張関係

 会長らフロント陣とハリル監督の間に緊張感が漂っていることは、少し前から報じられていた。この発表から2週間前の7月19日には、キタ氏と、彼の息子であるゼネラルマネージャーとの間で、おもにメルカートについてなど、新シーズンの方針に関する話し合いが行われ、会長側は、ハリル監督続投の方向で落ち着いたと考えていたようだが、ハリル監督の方は、このときから辞任を真剣に考え始めていた、ということだ。

 具体的に引き金となったことのひとつは、ギャンガンからMFマーカス・ココを獲得したことだ。彼は監督側が求めていた人材ではなかったらしいが、フロント側が交渉を進めてしまった。

 すでにこの会談の前からハリル監督は、メルカートの状況について「いささか懸念している。あらゆるポストに8人から9人の補強が必要なのだが、誰を獲得できそうかなどまったく知らされていない」と不安を語っていたのだが、ココ獲得の一件で、新シーズンのチーム構築に関して自分が求める戦力を獲得できそうにない、とわかったのだろう。

 昨シーズンの冬のメルカートでのエミリアーノ・サラ放出についても、ハリル監督の意向はまったく無視されて、フロント主導で決められたから、すでにハリル監督の中にはフロントへの不信感がくすぶっていたのだ。

 上の発言以降、ハリル監督はプレシーズンマッチ時も含めて一切、メディアの前で口を閉ざした。そして初めて出てきた言葉が、先週金曜の辞任宣言だった。

ナントは心のクラブだったが……

 ナントは、ハリル監督が現役時代(1981〜86シーズン)に栄光を味わったクラブだ。1982-83シーズンにはリーグ優勝、そして2度のリーグ得点王にも輝き、彼はナントのサポーターからは『レジェンド』として崇められている。

 「命が尽きる最後の1日まで、私はこのクラブの忠実なサポーターであり続ける。選手やスタッフ、サポーターのみなさんに感謝している」

 そうお礼の言葉も述べたが、とりわけ今年1月、サラが新クラブ、カーディフへの移動中に帰らぬ人となった、あの大悲劇のあと、サポーターがチームを支え続けてくれたことを取り上げて、感謝の気持ちを語った。

 後任候補には、元フランス代表でパリSGなどを率いたルイス・フェルナンデスや、クラブOBのステファン・ジアニ、はたまたジェンナーロ・ガットゥーゾや元イタリア代表GKワルテル・ゼンガの名前がメディアの間では挙がっている。

 キタ会長が2007年に着任してから、これで13度目の監督交代で、報道によればこれはリーグ1最多記録なんだそうだ。単純に計算しても1人あたり1シーズン以下という超短期政権。6月にはクラブ売却の話も持ち上がっていた。選手も集中力を保つのに苦労することだろう。

 過去には現フランス代表監督のディディエ・デシャンやクリスチャン・カランブー、クロード・マケレレら、数々の名選手を輩出しているフランスの名門クラブであるだけに、このドタバタに屈することなく今シーズンの健闘を祈りたいが、それにしてもハリル監督の髪が、真っ白になっていたのには驚いた。

 この数カ月、よほどのストレスにさらされていたのか……。

 ハリル監督の今後のご活躍もお祈りしたい。


Photo: Getty Images

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ヴァイッド・ハリルホジッチナント

Profile

小川 由紀子

1992年より欧州在住。96年から英国でサッカー取材を始め、F1、自転車、バスケなど他競技にも手を染める。99年以来パリに住まうが実は南米贔屓で、リーグ1のラテンアメリカ化を密かに歓迎しつつ、ブラジル音楽とカポエイラのレッスンにまい進中。