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VARによって検証ができても、「審判の解釈」で判定は変わる

2019.07.14

○○を制する者は○○を制す

 勝負の世界には定型的な格言がある。そのひとつが「○○を制する者は○○を制す」というものだ。

 たとえばボクシング界には、「左を制する者は世界を制す」という言葉がある。それから、バスケット漫画の金字塔には「リバウンドを制する者は試合を制す」という名ゼリフが出てくる。学生の“勝負”である受験では、「夏を制する者は受験を制す」と言われている。

 では、今のサッカー界にはどんな格言が相応しいのか? 何通りも考えられると思うが、今夏の国際大会を見たあとでは「VARを制する者は世界を制す」という文言以上に相応しい答えが思いつかない。それほどVARは大きなインパクトを残した……というか“猛威”を振るった。特に女子ワールドカップでは、VARを巡って大会期間中にルールが変更されたほどだ(PK戦ではキーパーが前に飛び出しても警告を受けないように暫定的に変更された)。

 アメリカ女子代表の優勝に議論の余地はないが、彼女たちが16強のスペイン戦でVARに助けられたのも事実だ。2本のPKで2-1の勝利を収めたわけだが、どちらも疑問が残るPKの判定だった。

2本のPKでスペインを破ったアメリカは、VAR判定に助けられた

 たしかに接触はあったが、一歩走ってから倒れているのだ。それでもVARで見直せば接触が確認できるため、PKの判定は覆らなかった。実は、女子W杯は過去2大会でシミュレーションが1回だけしかない。まだまだ“性善説”が存在するためか、安易なPKの判定が多かったように思う。

 女子W杯では、ラウンド16が終わった時点でFIFA審判委員長のピエルルイジ・コッリーナ氏が会見を開いて判定の精度やVARについて説明した。最初の44試合でVARが判定を確認したのは441シーンだったという。判定精度は、VARがなければ「92.51%」だが、VARのおかげで「98.18%」だったと胸を張った。一見、素晴らしい精度と称えたくなるが、よくよく考えると44試合で「8個」も誤審があったのである。それもVARが適用される重要なシーンでだ。

「解釈」の差でVARがあっても判定は変わる

 なぜ誤審が起きたのか。コッリーナ氏は何度も「解釈」と繰り返した。いくら様々な角度の映像で検証ができても、最終的には「審判の解釈」で誤審が生まれると認めたのだ。その「解釈」で大きく左右されるのがハンドの判定だ。たとえば、なでしこジャパンの16強のオランダ戦がそうである。終了間際に熊谷紗希がPKを取られたシーンは、日本国内よりもむしろ海外での方が議論を呼んだ。英紙『The Guardian』のポッドキャストでは、「日本がかわいそうだ」と悔しがる記者までいた。

オランダに敗れたなでしこジャパンは、VAR判定に泣いた

 焦点は、熊谷の腕が「不自然に体を大きく」したかどうかだ。FIFA審判団は「不自然」と判断してPKを取ったが、新シーズンからVARを導入するプレミアリーグならばPKにならなかったという。イングランドの審判団のマイク・ライリー代表は、熊谷のハンドについて「我々ならば腕の位置は自然だと判断する」と語り、VARで検証してもPKを取らなかったと説明した。さらにプレミアリーグならば、今年6月のチャンピオンズリーグ決勝のムサ・シソコのハンドも取らなかったという。

 結局は、VARがあっても「解釈」に差が生じるのだ。ということは、判定を味方につけることだって可能だろう。とりわけVARは審判に考える猶予を与えるため、競技規則の言葉を用いて的確に抗議をしておけば、少しは審判の心に響くのかもしれない。

 わずかな接触で倒れ、正しい抗議を行う。それが「VARを制して世界を制す」ための法則なのかもしれない。


Photos: Getty Images

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Profile

田島 大

埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。