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戦術トレンド2大派閥の頂点が激突。林舞輝はリバプール対シティをどう見る?

2019.11.09

近年では珍しい「リバプール優勢」のプレミア頂上対決

11月10日(日)に開催される、リバプール対マンチェスター・シティの大一番。 2019-20プレミアリーグの優勝争いを占うビッグゲームであるのはもちろんのこと、「ポジショナルプレー」と「ストーミング」という、現在のサッカー界を席巻する2大トレンドの先導者同士の激突という点でも見逃せない一戦だ。果たしてどんな展開が待ち受けているのか。奈良クラブGMの林舞輝さんに展望してもらった。

 グアルディオラとクロップ。「ポジショナルプレー」と「ストーミング」という世界のサッカーを引っ張る2つの派閥の旗手がサッカーの母国で火花を散らし始めて以降、これほどまでに「リバプール優勢」の前評判で始まるプレミア頂上決戦は、今までにはなかっただろう。2人のイングランドでの対戦成績はクロップが4勝、グアルディオラが3勝(うち1つはPK勝ち)、そして2つの引き分け。だが、そのほとんどが「シティ優勢」もしくは「互角」で始まった試合だった。マンチェスター・シティは2年連続でリーグ優勝し、CLでも優勝候補筆頭に挙げられていた。シティが「王者」として迎え、リバプールが「挑戦者」、今まではどちらかと言えばこういう構図でキックオフを迎えていたのが、このプレミアリーグの覇権を争う天王山だ。

 だが、今回は違う。リーグの順位表を見れば、勝ち点はすでに2試合分の6差が開き、リバプールが首位。リバプールはいまだ無敗だ。さらに、平日に開催されたCLでリバプールはサディオ・マネ、ロベルト・フィルミーノ、アンドリュー・ロバートソン、ジョーダン・ヘンダーソンを温存することができた(ヘンダーソンは体調不良も噂されているが)。万全の状態と言って良いだろう。対するシティはまさに野戦病院といった状態。アイメリク・ラポルト、レロイ・サネ、オレクサンドル・ジンチェンコダビド・シルバ、ロドリ、エデルソンがケガで出場不可。特に、左利きのCBラポルトと唯一無二のキックを持つエデルソンという2人の替えの利かない選手を欠くのは、大きな痛手だ。そして、今回の対戦は、「魔境アンフィールド」。これほどまでにリバプール優勢の条件がそろったことは、今までにない。

今季の“第1ラウンド”となったコミュニティシールドではPK戦の末シティに凱歌が上がった

普通とは逆。稀なチーム作りのプロセス

 リバプールのスタメンは「いつも通り」でほぼ確定だろう。GKアリソン、フィルジル・ファン・ダイクとデヤン・ロブレンのCB、右SBにトレント・アレクサンダー・アーノルド。左SBにロバートソン。中盤にファビーニョ、ヘンダーソン、ジョルジニオ・ワイナルドゥムのスリーボランチ、前線はマネ、モハメド・サラー、フィルミーノのお馴染みの3トップ。多少の変更はあるかもしれないが、これが既定路線だろう。

 リバプールが面白いのは、初手が「ストーミング」であり、次の手としてポゼッションがあることだ。なかなか、こういうチームは稀である。「ポゼッションしてみたら意外と相手のプレスが強くパスを繋げなくて、途中でポゼッションは諦めて、ロングボールや引いて守ってカウンターの戦術に切り替える」ことはよくある話だ。きっと今週末のJリーグでもどこかのチームに起きることだろう。だが、リバプールの場合は「カウンターとゲーゲンプレスによるトランジションで優位を握りたいが、『相手の撤退が速い』or『相手がボールを持ってもリバプールのカウンターを恐れてまともに攻撃に人数をかけてこない』or『そもそも相手がカウンターが怖いのでボールを放棄して引いて守る』という試合の状況を読み取り、ストーミングを諦め、しょうがなくポゼッションで攻め切る」という、普通のチームではあり得ない真逆の手順を追うことが多い。

 振り返ってみると、クロップ政権のリバプールのチーム作り自体が同じように、普通とは逆の手順だった。トランジションと高速カウンターを武器のストーミングを核としたチーム作りをするものの、途中でその限界に気づき(シティには勝てるのに引いて守られると降格したスワンジーにも敗北)、昨年からポゼッション主体のサッカーもできるハイブリット型へ移行した。普通、逆である。「ポゼッションサッカーのチーム作りをしてみたんだけど、技術とか選手の質とかそういう問題でなんやかんやいろいろ失敗して、最終的にボール保持にこだわらず守備ブロックを作って蹴ってハードワークする現実路線へ変更」というのが、どこの国にでもよくあるチームの話だ。後からポゼッションサッカーに手をつけてみたら意外とできちゃいました、なんて話はリバプールぐらいではなかろうか。実際、今シーズンは今のところカウンターでの得点の2倍以上の得点をポゼッションから奪っている(ここでは、ストーミングの祖ラングニックの「10秒以内にフィニッシュ」というルールから、カウンターを『ボール奪取から10秒以内のフィニッシュ』、ポゼッションを『ボール奪取から10秒以上かけてのフィニッシュ』という定義をした)。

 リバプールは[4-3-3]だが、ポゼッション主体の組織的攻撃になると両SBが大外のレーンで高い位置を取り、フィルミーノが下りてきて、両ウイングがハーフスペースに入って距離を縮めるダイヤモンド型の[4-4-2](ファビーニョがアンカーでフィルミーノがトップ下)のようになる。5つのレーンを万遍なく埋めながら配置で崩すところは、ポジショナルプレーっぽいとも言えるだろう。ポゼッションで最後に仕留める一番のパターンは、高速かつ高精度のクロス。両サイドからのクロスの速さと質の高さで言えば、世界一の威力を誇る。それでいて、ゴールキックから繋ぎながら「ポゼッションだよ」と見せかけて相手選手を自陣に引き込んでおいて突然裏のスペースに放り込んでマネを走らせるような「偽ポゼッション疑似カウンター攻撃」もできる。それを散らつかせておけば、相手も怖がって前からプレスに行けず、余計にポゼッションを優位に握れてしまうのだ。チームとしての完成度で言えば、間違いなく世界のトップだ。

リーグ無敗、CLでも順調に勝ち点を積み上げる今季のリバプール

唯一無二「ポジショナル・ロングボール」が使えない痛手

 対するシティは、DF陣の陣容すらわからない。右SBにカイル・ウォーカー、左SBにバンジャマン・メンディはほぼ確定だろうが、CBは復帰明けのストーンズ、不安定なプレーが続くニコラ・オタメンディ、本職でないフェルナンジーニョから苦渋の決断で2人を選ぶことになる。リバプールの攻撃を抑えるには、不安材料しかない。GKの代役クラウディオ・ブラボは、プレシーズンから正GKの座を奪おうかという勢いでキャリア最高レベルのパフォーマンスを発揮しており、純粋なセービング能力などではそこまでエデルソンには劣らない。だが、シティにとって、エデルソンの唯一無二の特殊能力である「ポジショナル・ロングボール」がなくなるのは、非常に痛い。GKというポジションは、ピッチ上で唯一、顔を上げた時に味方の選手10人が視野に入る。逆に言えば、10個の選択肢が目の前に広がっている中で、最適な選択をして正確にボールを供給するというのは、ほぼ不可能に近い。だが、エデルソンにはそれができる。10個のパスコースの中で最適な手を選ぶことができ、そこに正確無比のパスを飛ばすことができる。最前線が味方FWと相手CBの1対1になっていたら、相手のCBもGKも届かない絶妙なスペースにFWを走らせるような低くて速いポジショナル・ロングボールを出せる。これはシティの生命線でもあり、エデルソンの獲得が優勝できなかったペップ最初のシーズンとその後の2連覇の最も大きな理由の一つであることも、周知の事実である。エデルソンの不在はそれだけ痛い。

 選手層が厚いはずのMF陣も、ここまでケガ人がでるとキツいというのが、正直なところだろう。過去の試合の選手起用を見ていると、何とか可能な限りローテーションを使って負荷を逃がそうとしている努力が見られるが、そうは言っても連戦が続いている。イルカイ・ギュンドアンのアンカー、ケビン・デ・ブルイネベルナルド・シルバのインサイドMF、右サイドにリヤド・マレズで左サイドにラヒーム・スターリングセルヒオ・アグエロのCFが予想されるが、フィル・フォデンやガブリエウ・ジェスズの起用もあるかもしれない。いずれにせよ、シティのやるサッカーが変わることはない。よって、失点するとしたら、自陣でのミス、カウンター、そしてセットプレーのいずれかになる可能性が高い。

不在はシティにとって大きな痛手となるエデルソン

もしかすると、の可能性

 あえて意外な観点でこの試合を考察すると、もしかするとリバプールがポゼッションでシティを上回ることがあるかもしれないということ。言うまでもなく、ポゼッションはシティの生命線だ。だが、最近の試合を観ていると、この2つのチームにポゼッションの質の違いはそこまで見られない。それに加え、アンフィールドという地、エデルソンとラポルトの不在、ケガ人の数によるコンディションの差、無敗で自信満々というリバプールのメンタル面での優位なども鑑みると、リバプールがボールを握る展開になることもあり得るかもしれない。一見、ポゼッションを生命線とするシティに勝ち目がないと思うかもしれないが、ボールを持たなければ、少なくともシティの失点の大多数を占める自陣でのミスとカウンターのリスクは減る。実は、シティがボール支配率で相手に下回った試合が、今シーズン1試合だけある。CLでのアウェイのシャフタール戦だ。この試合だが、シティは無事に0-3で勝利。ゴール期待値(xG)も1.96対0.34と、文字通りの完勝を手にしている。ボール支配率では下回ったのに、だ。

 ボールを握るリバプールが押し込まれたシティをなかなか崩せずモヤモヤしてるうちに、ロングカウンターからアグエロがリバプールの選手たちを置き去りにしてゴール……。初めての「リバプール優位」の頂上対決では、もしかするとそんな珍しい出来事も目にすることができる……かもしれないし……しないかもしれない(笑)。

昨季1ポイント差で決着したハイレベルな両者の優勝争いは、直接対決の行方が大きく命運を分けた。この一戦が持つ意味は、とてつもなく大きい

プレミアリーグ第12節 リバプール vs マンチェスター・シティ LIVE ON DAZN

2019年11月10日(日)25:30キックオフ DAZN独占ライブ中継&見逃し配信
リバプール vs マンチェスター・シティ


Photos: Getty Images

Profile

林 舞輝

1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。