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Jリーグ副理事長・原博実氏が語る「VARを遅れて導入するメリット」

2019.09.13

VAR特集#2】原博実Jリーグ副理事長インタビュー

JリーグはVAR導入準備を急ピッチで進めているようだが、VARは単純なルール変更とは違い、設備と人材育成に大きなコストがかかる。リーグとしても慎重な判断が求められる難しい案件だ。そこでJリーグとしてのVARの準備や考え方について、原博実Jリーグ副理事長に取材を敢行。メディアでも多くの関係者がVARについて疑問を抱えており、最終的にはインタビュアーの清水英斗に加えて取材同行者が入り乱れての質問合戦となったが、原氏は一つひとつの質問に対して丁寧に答えてくれた。


JリーグがVARを導入する経緯

清水「今日はVARについて聞く企画なんですけど、その前にすごく聞きたいことがあって。『Jリーグジャッジ リプレイ』という番組に出てますよね。原さんの立ち位置ですけど、ちょっと演じてませんか?」


「どういうことですか?」


清水「審判委員会のメンバーだし、本当はルールを勉強しているのに、あえて知らないふりをして聞いたり、話したりしてる気がして」


「鋭いところを見ていますね」


清水「(笑)」


「選手やサポーターの目線を考えずに細かい話に終始してしまうと、みなさんがついてこれなくなるのではないかと思っていまして。僕の場合、現場でやっていた感覚を大事にしようと思っていて、これはこう考えるんじゃないかと、指導者の目線に徹しているのは確かにありますね」


清水「見ていて感じますよ。もちろんルールは大事ですけど、同時にルールはサッカーを見ている一般の感覚に従って、どんどん変化するものでもあって。小川さん(JFA審判委員長)はよく、『ルールはみんなのもの。レフェリーだけのものじゃない』と言いますけど、『Jリーグジャッジ リプレイ』はその雰囲気を出しているなと個人的には思います」


「あの番組は視聴者が多くて、お子さんにも見ていただいています。試合視察に行くと『ジャッジ リプレイ、見てます!』って声をかけられますしね」


清水「おー」


「昨日も女の子に『私も見てます』と言ってもらって。ありがたいことだと思っています」


清水「お子さんも見てるし、選手も見てますよね。この前も選手がTwitterで投稿してましたし」


呉屋(大翔)選手ですね。実は、(取材の)2日前にスタジアムで会いました。そうしたら『すいません、ツイート』って言われたのですが、私は全然気にしていません。確かに『足に当たっている』って彼が主張するのは理解できますし。ただ、あれは『ファウルを取らなくてもいい』という意見と、『呉屋にはもっと点を取ってもらいたいから耐えて粘ってゴールしてほしい』というのを言っただけで、それは正解がないことです。選手もそうやって見てくれているのはうれしいことです。『Jリーグジャッジ リプレイ』のおかけでルールの理解度も上がったと思っています。以前なら、“DOGSO”(ドグソ)って何?という状況だったのではないでしょうか」


清水 「(笑)。『決定的な得点の機会の阻止』の略語ですね」


「DOGSOが成立する4条件は何ですか?とか、そこまで知ろうとするのは、すごく大事なことです。あの番組は今年やってきただけでも、だいぶいろいろなことが理解されてきたと思います」


清水「これほどみんなが一緒に、ルールについて考える機会は今までなかったし、すごく大事だと思います。いや、なぜ今日、最初にこの話を振ったかというと、今後VARを導入するにあたって、『Jリーグジャッジ リプレイ』でやっているような、「ルールはみんなのもの」という感覚と、学ぼうとする基盤がないと、VARを導入しても意味がないと思っているからです。審判の見落としが減っても、判定に好き勝手に不満を言うだけなら、結局、VARを入れても全体の満足度は高まらない。あの番組の雰囲気が、今後の大切なベースになるのかなと注目してます。

 そんなわけで、JリーグはこれからVARを導入していくわけですが、原さんはVARをどう捉えているんですか?」


「昨年、ルヴァンカップのプライムステージからVARを導入することを決めました。去年から一部の審判員はVARのトレーニングをしています。当初は、2021年のJ1リーグ全試合導入を目指して準備をしてきましたが、世界の流れも踏まえて、来年からJ1リーグ全試合導入になったとしても対応できるように審判員養成のスピードを加速させています」


清水「原さん個人も、『VAR導入は待ったなし』という感覚ですか?」


「僕は、選手だけでなくレフェリーにもミスがあるのがサッカーの本質と思っていましたので、VAR導入に否定的な意見を持っていた時もあります。ただ一方で、VARをまったくトレーニングしないわけにはいきません。なぜなら、日本人のレフェリーがFIFA(国際サッカー連盟)やAFC(アジアサッカー連盟)の大会を担当する時に、VARに慣れていなければならないからです」


清水「確かに」


「実際に良いところもあると思います。もし、VARを導入していれば今年の浦和対湘南戦であったようなゴール判定をめぐる問題はなかったでしょう。シンプルにゴール・ライン・テクノロジーだけでいいのでは?という意見もあります。ただ、それはそれでお金がすごくかかります。まずは、ルヴァンカップでVARを導入し、結果を検証する必要があります。『導入しない』と決めてしまうと、人も育ちません。今は準備をしながらルヴァンカップのプライムステージを見ていくという感じですね」


清水「まずはそこで何が起きるか、ですね」


「VARは、“はっきりとした明白な間違い”をなくすことが大原則ですが、客観的な事実に関する部分であればすごく細かいところにも介入しなければならない時もあるというのがVARの難しい点だと考えています。例えば、オフサイドのシーンで『5mm出ていた』などミリ単位の判定をする時などです。当初は、明らかな人の間違いや、明らかなPKのみに介入するのかと思っていましたが、他国リーグが運用を突き詰めているのを見ているとだんだん細かくなっていって、『それもうサッカーじゃないのでは?』という感覚になってしまう時もあるので、そのバランスをどう取るかが難しいと思います」

ビデオ判定の行き着く先

清水「個人的には、ビデオ判定を始めれば、そういう方向に進んでしまうんだろうなと思ってました。ルール自体も、ちょっと矛盾していると思うところがあって。たとえば少し前のルール改正では、オフサイド判定をするタイミングについて、パスを出す人の足からボールが離れる瞬間ではなく、足がボールに触れた最初の瞬間が、オフサイドを見るタイミングだとルールで明示されました。明らかにVAR適用を意識しての改正ですけど、VARは“明らかな場面に介入する”と言っている割に、そんな細かいところまで規定し始めたら、審判がミリ単位でオフサイドを取ることになるのは当然だと思うんですよ。IFAB(国際サッカー評議会)やFIFAが決めるルールが、そもそもねじれているなと感じます」


「プレミアリーグでも、先月のトッテナムとマンチェスター・シティの試合で、最後の最後に入ったゴールが、競った時にシティの選手本人もわからないくらいの感じでボールが手に当たり、そこから続いてゴールに入ったシーンがありました。ただ、その後にVARが介入し得点が取り消されたのですが、トッテナムのGK(ウーゴ・)ロリスは笑っていましたね。『これサッカーなの?』という表情をしていたのが印象に残っています」


清水「そこですよね。Jリーグではどうなりますかね」


「わからないのが正直なところです。クラブ側もVARが導入されれば、すべての誤審が無くなると思っている人がまだいます。選手だけでなく、ファン・サポーターもそうですね。VARはすべてのシーンに介入する訳ではありませんので、『そこまでしか介入しないのは、どうなんだ?』といったような意見が出てきてもおかしくないと思います。

 副審も普段とは違って、オフサイドだと思っていてもすぐに旗を上げるのではなく、ちょっと様子を見てアウト・オブ・プレーのタイミングで旗を上げることがあります。それをお客さんが正しく理解できるのかという点は不安に感じる部分でもあります。そういったところは読めない部分ではありますが、試さないと、次のステップには行けませんから。まずは、ルヴァンカップで導入・検証していきたいと思います」


清水「導入にあたってのハードルはどうですか? ヒト、モノ、カネが原則になるとは思いますけど、人については審判がVARトレーニングを進めています。物(設備)や、お金のところは、クリアする目処が立っているんですか?」


「“物とお金”は、何とか目途は立っていますが、限られた予算の中で、VARにそれだけのお金を使えば、他を減らさなければいけないという状況が生まれます。そのお金は育成に回した方がいいのでは?とか、『DAZN』の加入者促進施策に回した方がいいのでは?など、いろいろな議論をしながら進めています。

 もし、仮に来年導入できたとしてもJ1のみというのが個人的に気になっています。トップリーグはVARを導入するけれど、子供たちの試合には導入できないわけですよね」


清水「そこですよ」


「そうすると、大人から子供まで一緒のシンプルなルールに違いが生まれてしまいます。そこが心配なところではあります。追加副審(AAR:アディショナル・アシスタント・レフェリー)であれば、子供たちの大会だって、できなくはないと思いますが、VARはお金と設備がないとできません。トップの試合だから仕方ないっていう割り切りもあるのかもしれませんが、サッカーの原点はどの年代もみなが同じルールという点だと思っています。そこが変わってきてしまうのが、僕が気になっているところです」

……とインタビューを進めているところに、別の取材に来ていたライターの川端暁彦さん、カメラマンの六川則夫さん、そして編集のMCタツが加わってきました。ここからは座談風にお楽しみください。

観客にとってのVAR

タツ「U-20W杯をスタジアムで見て、私が一番気になったのが、観客が置いてけぼりになっていたところです。今、何が行われているのか全然わからず、お客さんをないがしろにしているのが、VARはすごく問題かなと。原さんはこの点、どう考えますか?」


「以前は、確かにわかりにくかったかもしれません。ただ、例えば『審議中』と大型映像装置に文字情報が表示されたり、該当シーンを映したりするようになりました。今年からVARを導入しているプレミアリーグがまさにそのように運用しています。他のいい事例を取り入れることができる点は、VARを遅れて導入するメリットではあります。国名は控えますが、十分な準備期間を設けずに始めて混乱が起きているリーグがあることも知っていますしね。以前、U-20W杯を僕も見ました。判定がまったくわからなくて、後で佐藤隆治主審の説明を受けて、やっと理解できたということもありました。

 やはり、スタジアムに来場したお客さんを大事にしなければいけません。VARもスタジアムにいるお客さんが一番わかりやすく、『そうなんだ』と理解できるようにすることが僕は必要だと思っています」


タツ「審議中のシーンの映像を大型映像装置に流すことは、技術的にJリーグでも可能なんですか?」


「技術的には可能です。ただ、映像を出すか出さないか、誰がどこに、どういう情報を出すのか、ホームクラブの試合運営の運用が追加で発生するので、少なくとも今シーズンのルヴァンカップ13試合では、何を優先し、どうすれば運用において混乱を生まないようになるのかを、運営担当とJリーグの間で打ち合わせをしている状態です」


川端「アナウンスとか、できないんですかね。野球じゃないですけど」


清水「審判がマイク持って、説明する感じですね」


川端「判定が取り消しになった事実はわかっても、『何で?』というところで、実はハンドが見逃されていたとか、情報がないとわからないから」


「そういったことも海外のリーグを参考にしていこうとは思っていますが、今回のルヴァンカップは、基本的には審判のシグナルのみとなります」


六川「その判定の内容って、選手には言うんですか?」


「主にキャプテンとか、近くにいる選手に対して口頭で説明することになると思います」


六川「それを会場に伝わるようにすればいいだけの話じゃないかって、僕は思うんですけどね」


川端「SBSカップ(静岡県で年に一度開催される国際ユース大会)では実際にゴールが認められて、試合がそれで決まったんですけど、その時もお客さんは何が起きたのかわかっていなくて。これ、Jリーグだとまずい。すごくモヤモヤして帰宅することになるじゃないですか」


「現場の運用が混乱しないことを第一に考えつつ、フレキシブルな対応できればいいと考えています」

ユース年代からJリーグ・日本代表まで幅広く取材している川端暁彦氏

川端 「あとはVARを入れても、誤審ってやっぱり起きてるじゃないですか。その“VAR誤審”が起きた時のリアクションというか、世間の反応みたいなものが、ちょっと怖い」


「まず理解してもらいたいのは、VARが導入されてもすべての誤審がなくなる訳ではないということです。VARが介入できるのは4つのシーン(※)に限られるからです。今回プライムステージから導入して、それを詳しく『Jリーグジャッジ リプレイ』などで説明することも必要だと考えています。その準備は進めています」

※VARの対象となる4つの事象。これらに関わる「はっきりとした明白な間違い」と「見逃された重大な事象」の場合のみ、VARが主審を援助するために介入する。

得点であるか、ないか
ペナルティキックであるか、ないか
レッドカードに相当する行為かどうか(2度目の警告を含めたイエローカード相当の行為は対象外)
間違った選手に対しての退場処分、警告処分であったかどうか

といったところで、インタビュー(座談?)は終わりへ……。

タツ「すいません、最後にいいですか? 今回ルヴァンカップでVARをやりますけど、審判はVARの研修を受けてから、試合に行きますよね。これはある意味、普通の仕事、僕なんかでもやることが増えたら、給料もその分増えたりしますけど、今回のルヴァンカップの審判も、お金が増えたりするんですか?」


「当然、担当する試合の審判手当は支給されます。VARが1試合3万円、AVARが1.5万円です。他国の事例なども踏まえてJリーグではこの金額で決めました」

Edition: MC Tatsu
Photo: Norio Rokukawa

Profile

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』『日本サッカーを強くする観戦力』『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。