日本人選手の移籍金は、なぜ伸びないのか。欧州移籍市場の論理から考える「価値向上」プラン
【特集】 世界は「日常」になった――。変化する日本人選手のキャリアパス#1
2023年のU-17W杯ラウンド16、スペイン戦のスターティングイレブンのうち、4人がすでに海外でプレーしていることをご存知だろうか?佐藤龍之介はFC東京を経てスペイン1部のバレンシアへ、名和田我空はガンバ大阪からベルギー1部のシャルルロワへ。小杉啓太は湘南ベルマーレU-18から直接スウェーデン1部のユールゴーデンに渡り、ドイツ1部のフランクフルトへ飛躍した。吉永夢希も高卒でベルギー1部のゲンクに加入している。もはや珍しいものではなくなりつつある、早期のプロ契約や海外挑戦。日本人選手のキャリアパスが大きく変わり始めている今、これからどのようにその将来を設計していくべきなのか。そして、そこにどう関わるべきか。選手、クラブ、市場、それぞれの視点から、変化の現在地を考えてみたい。
第1回は、欧州移籍市場の論理から考える日本人選手の「価値向上」プラン。Jリーグから欧州へ渡る際には100万~300万ユーロ程度だった選手たちが、欧州で数年を過ごすことで、その価値を何倍、時には10倍以上に高めていく。では、なぜJリーグから欧州への移籍金は、そこまで高くならないのか。そして、選手の成長によって生まれた価値を、Jクラブはいかに次の収益につなげられるのか。欧州移籍市場の「相場」から、日本人選手とJクラブがこれから向き合うべき課題を考える。
欧州への「輸出国」として、日本はすでに世界7位
日本代表のボランチとして北中米W杯で活躍した佐野海舟(マインツ)に、今や5000万ユーロの市場評価額(『トランスファーマルクト』による。以下同様)がついており、今夏の移籍市場でもそれを上回る移籍金が要求されていたのは周知の通り。2年前の2024年夏、マインツが鹿島アントラーズから獲得した当時の移籍金がその20分の1に過ぎない250万ユーロだったこともあり、日本のSNS上では一時「鹿島は安売りし過ぎたのではないか」「欧州のクラブは転売ヤーのようなもの」「Jクラブは適正価格で売る努力と交渉力が足りない」といった議論が盛り上がった。
※著者注:日本から欧州のクラブに移籍する際、移籍金の基準通貨となるのはユーロ。ところが近年の急速な円安によって、そのユーロの価値は過去5年間で1ユーロ=130円前後から180円前後へ、約40%膨らんでいる。例えば2021年当時と2026年現在の5000万ユーロをその時々の為替レートで円換算すると、前者は65億円、後者は90億円とかなり大きな違いが出る。時期による円換算表記のブレをなくすため、本稿では市場価値や移籍金をすべてユーロ表記に統一する。また、市場評価額および移籍金については報道によって金額が異なるケースもあるため、便宜上『トランスファーマルクト』の数字で統一している。
日本人選手の「欧州進出」が加速したのは2010年代後半から。近年は毎年10人以上のJリーガーが欧州のクラブに移籍するようになり、今や5大リーグで28人、UEFAクラブランキングのトップ10カ国(イングランド、イタリア、スペイン、ドイツ、フランス、ポルトガル、ベルギー、オランダ、トルコ、チェコ)の1部リーグで約60人の日本人選手がプレーしている。これは、欧州圏外からトップ10リーグへの「輸出国」としては、ブラジル、アルゼンチン、コートジボワール、セネガル、ナイジェリア、モロッコに続いて7位に当たる数字。5大リーグに絞ると、ナイジェリアを抜いて6位に上がる。
ここにスコットランド、オーストリア、スイス、北欧・東欧諸国の1部リーグ、そしてイングランド、ドイツ、オランダ、ベルギーなどの2部リーグでプレーしている選手を加えれば、「欧州組」の総数は100人規模になる。今や日本はウルグアイ、コロンビア、エクアドル、エジプト、メキシコ、USAといった、FIFAランキングで肩を並べる中堅国と比べても、欧州への「輸出」ではむしろ上回る存在になっているのだ。
なぜ「J→欧州」の移籍金は100万~300万ユーロなのか
これだけの実績がありながら、Jリーグから欧州のクラブにステップアップする際の移籍金は、一番大きかった高井幸大(2025年、川崎F→トッテナム)で580万ユーロ。200万ユーロ以上の事例は過去10年で8件しかなく、ほとんどは100万ユーロ台というのが現実である。トップ10を具体的に列挙すると以下のようになる。
①高井幸大:580万ユーロ(2025/川崎F→トッテナム)20歳
②古橋亨吾:540万ユーロ(2021/神戸→セルティック)26歳
③鈴木彩艶:400万ユーロ(2024/浦和→STVV)21歳
④佐藤龍之介:400万ユーロ(2026/FC東京→バレンシア)19歳
⑤常本佳吾:360万ユーロ(2023/鹿島→セルベッテ)24歳
⑥三笘薫:300万ユーロ(2021/川崎F→ブライトン)24歳
⑥昌子源:300万ユーロ(2019/鹿島→トゥールーズ)26歳
⑧佐野海舟:250万ユーロ(2024/鹿島→マインツ)23歳
⑨山田新:175万ユーロ(2025/川崎F→セルティック)25歳
⑩堂安律:170万ユーロ(2018/G大阪→フローニンゲン)20歳
11位以下には、鎌田大地、前田大然、旗手怜央、川村拓夢、喜多壱也といった名前が並ぶ。これらの数字だけを見ると、確かに日本人選手は「買い叩かれている」ようにも見えるかもしれない。しかし話はそれほど単純ではない。
移籍金の水準は、当然ながら移籍先クラブのレベルによって変わってくる。プレミアリーグ上位、あるいはレアル・マドリーやバルセロナ、パリSGやバイエルンのようにCLで優勝を狙う欧州トップレベルのスーパーメガクラブなら、レギュラークラスに5000万ユーロ以上、若手への先行投資でも1500万ユーロ以上を投じることは珍しくない。それに続くプレミアリーグ中位以下、リーガ、セリエA、ブンデスリーガ、リーグ1の上位クラブも、レギュラークラスに3000万ユーロ、若手への先行投資に800~1000万ユーロを費やす資金力を持っている。
だが、そこからさらに1つ下のレベル、つまりプレミアを除く5大リーグ下位、あるいはオランダ、ポルトガル、トルコの上位クラブになると、レギュラークラスに1500万ユーロ、先行投資には多くても400~500万ユーロくらいまで予算が下がってくる。ベルギー、オーストリア、スイス、デンマークあたりになると、そこからさらに下がって700~1000万ユーロ/100~200万ユーロくらいの水準だ。
上記はあくまで非常にざっくりとした金額水準だが、これに当てはめてみると、Jクラブから欧州クラブへのファーストステップとなる移籍に支払われている移籍金は、概ねのところ「相場」に即しているように見える。実際、昨夏の高井、2021年の三笘(川崎F→ブライトン)のように、Jから直接プレミアリーグに移籍するケースはまだまだ例外だ。5大リーグへの直接移籍も、今夏の佐藤龍之介(FC東京→バレンシア/400万ユーロ)、2024年の佐野海舟(鹿島→マインツ/250万ユーロ)、2017年の鎌田(鳥栖→フランクフルト/160万ユーロ)など数えるほどしかない。
Jから欧州への入り口になっているのは、それよりもう1つレベルが下がるオランダ、ベルギー、ポルトガル、スコットランド、オーストリアなどの中堅国、あるいはビッグ5の2部リーグが中心。このレベルのクラブが1人の選手に投資できる金額は、すでに見たようにかなり限られており、主力クラスの即戦力で700~800万ユーロ、将来の成長を見越した先行投資で100~200万ユーロというところだ。それを考えれば、少なくとも一般論としては、Jリーグから欧州へのファーストステップとなる移籍に支払われている金額は、概ねのところ「相場」通りであり、「安売り」し過ぎていると言い切れるほどの材料はないように見える。
そこは、他でもない佐野海舟の例を取るとわかりやすいかもしれない。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
