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ドーピング疑惑で陸上転向報道のムドリクは自己責任?“ドラッグ”問題も根深いイングランドサッカー界が持つべき当事者意識

2025.09.29

「サッカー×走り」の最前線#3

「今日の試合でプレーしなければならないとしたら、私はプロサッカー選手になれていなかっただろう」――そう冗談交じりにペップ・グアルディオラが語った理由の1つは、現役時代の自身に欠けていた走力にある。事実、彼がマンチェスター・シティの監督として10年目を戦っているプレミアリーグでも2021-22シーズンから2024-25シーズンにかけて年々、1試合平均のトップスピードとスプリント回数が右肩上がりとインテンシティは高まるばかりだ。欧州全体を見渡しても悲願のCL初優勝へとパリSGを最前線から牽引したウスマン・デンベレの爆走が脚光を浴びたように、ハイプレスからトランジションにロングカウンターまで立ち止まる暇のない現代サッカーで求められる「走り」とは?フィジカルコーチやテクニカルコーチ、そして日本代表選手らと再考する。

第3回は、今年6月にドーピング違反の疑いで告発され、最長で4年間の出場停止処分が下される可能性がある中で、今月には陸上選手への転向も報じられたミハイロ・ムドリクについて。“ドラッグ”問題の根深いイングランドが持つべき当事者意識を考える。

 ミハイロ・ムドリクは、速かった。ウクライナ代表ウインガーの韋駄天ぶりは、チェルシーでのデビュー戦から、イングランドの観衆にも、プレミアリーグの“スピードガン”にも認識された。母国のシャフタール・ドネツィクから移籍した翌週、2023年1月21日のリバプール戦で、シーズン最速記録を塗り替えている。

 後半途中にベンチを出て記録したトップスピードは、時速36.63km。最終的には、2022-23シーズンの最速選手となった、当時マンチェスター・シティのカイル・ウォーカー(現バーンリー)の数字に「0.68」及ばなかった。しかし、同じ2023年1月にスピードを買われ、エバートンからニューカッスルに移籍したウインガー、アンソニー・ゴードンの数字は「0.02」差で上回った。後日、クラブ公式の取材で「エムバペより速い」とコメントしたのは、フランス代表DFでもあるウェズレイ・フォファナ。年齢は、キリアン・エムバペ(レアル・マドリー)より2歳若いスピードスターに、チェルシーでの未来が期待されたことは言うまでもない。

 にもかかわらず過去形の「速かった」という表現は、ムドリクが2024年11月を最後にピッチに立てていないためだ。その翌月からは、クラブの練習場からも遠ざかっている。ドーピング検査で禁止薬物が検出され、イングランドサッカー協会(FA)から暫定的な資格停止処分を受けたのだった。今年6月には、ドーピング規定違反の疑いで正式に告発を受けるに至っている。

ドーピングが認められれば20年ぶりのPED使用による処分例に

 代表活動中にムドリクの体内に入ったとされる薬物は、2016年からWADA(世界ドーピング防止機構)で禁じられている「メロドニウム」。米国の国立医学図書館のサイトを参照してみれば、1970年代にラトビアで開発され、狭心症などの治療に用いられる薬。血流が促進され、体内における酸素供給を高める効果があることから、理論上、耐久力や体力回復などアスリートのパフォーマンス向上に繋がることになる。英国では処方も許されていないが、東欧では使用されているという。

 ムドリクは、容疑を真っ向否定。FAからの処分通達に、「まったく身に覚えのない出来事。承知の上で禁止薬物を使用したり、ルール違反を犯すような真似は絶対にしない」と、自身のSNSアカウントを通じて反応している。処分の期間は未定だが、進行中のFAによる捜査の結果次第では、最長で4年間に及ぶ可能性もある。当人は、ポール・ポグバ(現モナコ)が、ユベントス時代にパフォーマンス向上剤(PED)使用で処分を受けた際の弁護団の協力を得て、処分軽減を訴える構えだ。

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Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

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