ドリブルもプレスも「心底楽しむ」バロンドーラー。パリSGの3冠を牽引したウスマン・デンベレが馳せる「アタッカーはサボるべきじゃない」信念
「サッカー×走り」の最前線#2
「今日の試合でプレーしなければならないとしたら、私はプロサッカー選手になれていなかっただろう」――そう冗談交じりにペップ・グアルディオラが語った理由の1つは、現役時代の自身に欠けていた走力にある。事実、彼がマンチェスター・シティの監督として10年目を戦っているプレミアリーグでも2021-22シーズンから2024-25シーズンにかけて年々、1試合平均のトップスピードとスプリント回数が右肩上がりとインテンシティは高まるばかりだ。欧州全体を見渡しても悲願のCL初優勝へとパリSGを最前線から牽引したウスマン・デンベレの爆走が脚光を浴びたように、ハイプレスからトランジションにロングカウンターまで立ち止まる暇のない現代サッカーで求められる「走り」とは?フィジカルコーチやテクニカルコーチ、そして日本代表選手らと再考する。
第2回では、その「走り」で2025年のバロンドールを受賞したデンベレについて。ドリブルもプレスも駆け引きとして「心底楽しんでいる」という彼の「アタッカーはサボるべきじゃない」信念に迫る。
9月22日にパリ市内で行われた2025年のバロンドール授賞式でウスマン・デンベレは、フットボーラーにとってキャリア最高の栄誉ともいえる、このトロフィーを受け取った。審査対象となる2024-25シーズンは、公式戦53試合に出場して35ゴール16アシスト。所属先のパリ・サンジェルマンは国内で制覇したリーグとカップに加え、悲願のCL初優勝も果たしフランス勢初となる3冠を達成している。そのチームのトップスコアラーであり、CLの年間MVPにも輝いた彼の受賞には、多くの人が納得したことだろう。
「言葉にならないほどうれしい。自分のキャリアで成し遂げたことを誇りに思う。バロンドールは個人賞だけれど、みんなで勝ち獲った、みんなのものだ」と、母親や仲間たちへの感謝を述べながら、最後は涙も見せつつ語ったスピーチは、なかなか感動的だった。
9月の代表ウィークで、フランス代表の一員として出場した北中米W杯欧州予選第1節ウクライナ戦で大腿部を負傷。6〜8週間の離脱と診断され、今シーズンはやや出遅れることになってしまったが、早ければ11月には見られるであろう彼のバロンドーラーたる勇姿を楽しみに待ちたいところだ。
CL決勝で違いを生んだ「インテンシティ・ラン」
さて、本特集のテーマである「走り」と「デンベレ」というと、まず思い浮かぶのは右サイドから切り込んでくる、あの高速ドリブルだろう。
以前『レキップ』紙で読んだインタビューで、レンヌの下部組織でデンベレを指導したコーチ、ヤニック・メヌ氏は、彼の走りについてこんなふうに描写していた。
「彼は、“走る”のではなく、“跳ぶ”んだ」
デンベレは小さい頃から、家の近所でストリートサッカーをして遊ぶ中で、自由に飛んだり跳ねたりしながら高い運動能力を身につけたのだそうだ。静止状態でも驚異的な初速で相手DFを一瞬で置き去りにする”スピードスター”のイメージが強いが、意外にも少年から青年へと移り変わる頃の彼は、特に加速力が傑出していたわけではなかった。しかしその後、細身ながらも下半身の筋肉が発達し、さらに両足の左右遜色ないボール扱いの巧みさにより、彼は縦にも中にも突破できる切れ味鋭いドリブルを武器としたウインガーへと成長したのだった。
しかし、パリSGの主砲となった現在のデンベレは、もはやただのウイングではない。
昨シーズンの中旬から、彼の主戦場は攻撃ラインの真ん中になった。そこでの彼は、CFのように点を取る「9番」、仲間に決定機を創出するチャンスメイカーの「10番」、そして、やや中盤に下がってサポートやスぺースメイクにも奔走する「偽9番」、という1人3役を巧みにこなしている。
ルイス・エンリケ監督が、デンベレを中央にコンバートした大きな理由は、昨シーズンの11月あたりまで、それほどネットを揺らしていなかった彼の得点効率を上げることだった。
「サイドでプレーしている時よりも、かわす相手の人数が少ない状態でシュートまで持っていける。このチームでは、どのポジションの選手でもラストパスが供給できる。だからまさに、『押し込むだけでゴール』というプレーができるようになった。俺が大好きな、“タップイン”ってやつだ」
2025年に入って公式戦37試合29得点をマークしている彼に再三浴びせられた「なぜゴール数が激増した?」という問いに、デンベレ本人はそう答えている。
しかしエンリケ監督のもう1つの狙いは、彼がパリSGで徹底している“全員守備”において、デンベレを「最初の砦」とすること。つまり最高時速36.6kmも記録したこともある彼に、快足を生かしてハイプレッシングの先陣を切るトリガー役を任せたかったというわけだ。
「監督からは、DFやGKに動き回る時間や考える時間を与えないようにと指示されている。だから、自分たちがボールを保持していない時は常に相手を警戒している」と語るデンベレが特に意識しているのは、「走りの強度」だ。
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Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。
