プレミアリーグで進むアスリート化の正体。開幕節の「オフ・ザ・ボール・ラン」3冠王、ビルツが体現する“フットボールIQ”とは?
「サッカー×走り」の最前線#1
「今日の試合でプレーしなければならないとしたら、私はプロサッカー選手になれていなかっただろう」――そう冗談交じりにペップ・グアルディオラが語った理由の1つは、現役時代の自身に欠けていた走力にある。事実、彼がマンチェスター・シティの監督として10年目を戦っているプレミアリーグでも2021-22シーズンから2024-25シーズンにかけて年々、1試合平均のトップスピードとスプリント回数が右肩上がりとインテンシティは高まるばかりだ。欧州全体を見渡しても悲願のCL初優勝へとパリSGを最前線から牽引したウスマン・デンベレの爆走が脚光を浴びたように、ハイプレスからトランジションにロングカウンターまで立ち止まる暇のない現代サッカーで求められる「走り」とは?フィジカルコーチやテクニカルコーチ、そして日本代表選手らと再考する。
第1回ではプレミアリーグで進むアスリート化の正体を、現地イングランド在住の山中忍氏と探っていく。そこには今季開幕節の新指標「オフ・ザ・ボール・ラン」3冠王、フロリアン・ビルツが体現する“フットボールIQ”も表れていた。
プレミアリーグの「迫力」は、画面越しにも伝わってくる。ただし、その魅力を表現する言葉は、かつての「フィジカル」や「スピード」から、「インテンシティ」へと変わってきた。
ラテン語の“intēnsus”を語源とする「intensity」は、張り詰めた状態が続くような「激しさ」、あるいは「厳しさ」と言えばわかりやすいかもしれない。この英単語がプレミアの世界で意味するところは、テクノロジーの進化によって、今や数値でも表現される。ピッチ上での「走り」に関する各種データだ。中でも「走行距離」、「トップスピード」、「スプリント回数」は、“三種の神器”のごとく扱われるようになっている。
止まらない「走り」のスタッツ上昇傾向
この分野には、UEFA(欧州サッカー連盟)のスポーツ科学者でもあるクリス・バーンズ氏をはじめとするグループによる、代表的なリサーチ例がある。その結果報告によると、「高インテンシティ状態での走行距離」と「スプリント回数」には、2006年から2013年にかけてのプレミアで、それぞれ30%と85%の上昇が確認されている。その後も上昇傾向は続き、一昨季までの5シーズンで前者の26%増を認める、より近年の調査結果も存在する。
現在では、プレミア選手は1試合に10〜12kmを走るとの理解が一般的だ。その走行距離には、時速14.4km以上の高インテンシティでの1km程度と、時速25km以上のスプリントによる数百mが含まれる。スプリント回数は、各クラブ1試合140回が平均(2024年4月『Football Observatory』)。しかも、スプリントの66%は、すでに「動」の状態からのアクションであり(2025年8月『STATSports』)、選手には足を休める暇がほとんどない。UEFAが、2021年までの20年間で、ハムストリング負傷事例の12%増を示す調査結果を発表し、懸念を示すのも無理はない。
「走り」のスタッツ上昇傾向は、プレミアにおけるトレンドにも影響を受けているに違いない。今季開幕節を見ても、先発イレブンの陣形は、20チーム中8チームが[4-2-3-1]で、ウイングバックのいる3バック採用も5チーム。攻撃参加の頻度と重要度が高まっているSB陣に、「走力」に関する高い数値が顕著である事実にも頷ける。加えて、ポゼッション重視の攻撃的スタイルが主流。ラインを押し上げて攻め続けるリスクとなる敵のカウンターには、DF陣のスプリントバックが有効な対応策となる。
例えば、アンジェ・ポステコグルー(現ノッティンガム・フォレスト監督)が指揮を執っていた、2023-24シーズンから昨季までの2年間のトッテナム。リーグ随一のハイラインで知られたチームの“お守り”、CBのミッキー・ファン・デ・フェンは、2021年にトップスピードのデータ管理が始まったプレミアで、史上最速となる時速37.38kmを一昨季に記録している。自己ベスト更新はならなかったが、昨季に計測された時速37.12kmも、リーグ最高のトップスピードだった。
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。
