FEATURE

「やっても見ても面白いサッカーがいちばん好き」指導哲学の原点、李國秀氏との出会いは「財産」。ジェフ千葉・小林慶行監督インタビュー(前編)

2025.07.02

2025Jリーグ前半戦のサプライズ監督#8
小林慶行監督(ジェフユナイテッド千葉)

2025シーズンのJリーグも折り返し地点を迎えた。前評判通りにいかない激動のシーズンとなっているが、その立役者とも言える「サプライズ監督=ポジティブな驚きを与えてくれた監督」たちをフォーカス。チーム作りの背景にある哲学やマネージメントについて掘り下げてみたい。

第8回は、J2上位争いをするジェフユナイテッド千葉を指揮する小林慶行監督のチーム作りのフィロソフィーやサッカー観について、大分トリニータの名物番記者であるライターのひぐらしひなつが迫る。

監督就任時から優先的に強調したのは「前」

—―今季は監督になられて3シーズン目ですね。わたしは普段は大分トリニータの番記者を務めておりまして、小林監督とは2023年のJ2第5節に大分のホームで初対戦しました。小林監督は監督キャリアをスタートされたばかりで、当時はちょっと苦労なさっていた時期でしたが、そのときに、この監督は目先の利を追わず小手先を使わずに腰を据えてチームに戦術を落とし込もうとしているのだろうなと感じたんです。あらためて、当時の想いをお聞かせいただけますか。

 「そうですね。もうその年の大分さんとのアウェイゲームは、確か高畑選手にヘディングで入れられたのかな。シモさん(下平隆宏監督)が率いていて、明らかにチームとしての成熟度、完成度の違いが、自分でも分析してわかっていた中での戦いでした。あの時の大分は自分の中では本当に、リーグトップクラスだったと思っています。前半戦は1位か2位でずっと推移していましたよね。

 自分自身は、開幕の長崎戦には勝ったものの、やはり自分がやりたいことを落とし込んで表現するには、ましてや結果を掴もうとすれば、時間も相当かかるだろうと思っていました。それがどこまでかかるかわからないけれども、自分がやる以上、表現したいものは頭の中である程度は整理がついていて、それに対して、あまりにも目の前の試合を意識して『この相手はこうだから、じゃあ自分たちはこういう風にしていこう』というふうに始めてしまうと、そもそも自分たちがやろうとしていることが薄まってしまうだろうと。それは監督になった最初のシーズンだけでなく、いまでもそうなんですよね。そもそも自分たちはどういうサッカーをするチームなのかを、まずしっかりと持ちたい。なるべく自分たちにフォーカスしていきたいと考えています。やはり自分たちがどんなサッカーをするのか、守備はどうなのか攻撃はどうなのかをピッチ上で見せていきたいという思いが強いんです。

 正直、最初はなかなか結果がついてこなかったので、自分自身がどこまで時間を与えてもらえるか、というところでの戦いだと常に感じながらでした。だけども、やはり自分自身が勝敗に一喜一憂することなくしっかりと自分自身の絵を持って、選手に対してそのメッセージを発信し続けようと意識していました」

――そうやって小林監督が目指したのは前体制の尹晶煥監督とは全く異なる志向のスタイルだと思いますが、最初に選手たちに落とし込んだゲームモデルはどのようなものだったのでしょうか。

 「自分の頭の中には明確にはあるんですけど、それをどういう順番で伝えれば、結果を拾いながら最短で落とし込めるのかとか、そういう部分は全くわからないままのスタートだったので、やりながら進んでいくしかないなとは思いました。その中でも何をいちばん最初に強く選手に落とし込んでいくかが大事だと考えて、優先順位を明確にしていこうと。

 前監督の尹さんの下で僕自身もヘッドコーチとして関わらせていただいたことでチームの流れと選手の特徴は把握していたので、『この選手だったらここのタスクがこなせるかな』といった部分を上手く合わせながら『このメンバーがいるからこそこれはやれる』と思った部分もありました。とはいえやはり尹さんが3年間クラブに落とし込んでくれたものと、僕がそのタイミングで必要だと思うことは結構変わっていたんです。時代の流れもありますし、ヨーロッパのトレンドとか、J2リーグでどんなチームが上位に行っているのかとか。そういうものを踏まえて考えると、自分たちなりの明確な攻撃スタイルを持っていないとこのリーグでは勝ち抜けないなと感じたので、積み重ねるというよりも、もっともっと前に出るんだ、というようなマインドを、まず植えつけたいと。優先順位としてはまずはそこで、守備でも前から奪いに行くよというところ。言うのは簡単ですけど、体に染みついたものを変えるとなるとやはり相当なパワーも時間も使います。でも、いちばん気をつけていたのは、自分自身の中での優先順位。なにがいちばん重要であるか、自分が監督をやっている間はつねに言い続けることをはっきりさせておいて、その幹の部分に上手く枝葉をくっつけていくようなイメージでチームを作っていこうと、そのときは思っていました」

――教えていただける範囲で構わないのですが、選手たちには具体的にどういうアプローチでその優先順位の高いものを植えつけていったのですか。

 「もうシンプルに『前』です。『前』っていうフレーズです。相手がボールを持っていたら『ゴールを守る』ではなく『ボールを奪いに行く』と。だから前に出ないと奪えないよねと。前の選手が奪いに行ったら最終ラインはどうするかと。シンプルに話すとそういうことで、でもそうするとそのぶん自分たちの背後で大きなスペースを相手に与えることになるので、そこで守れないと失点を重ねることになるのもわかっていましたから、そういう部分もしっかりと伝えて。あとは自分たちがボールを持った時もアクションを前に起こして、ボールをどんどん前に運べるチームになりたいという思いがあったので、それも徹底しました。

 自分自身、やはりクラブのスタイルを明確に作り出したいとどこかで思っていました。自分がやりたいことは、このクラブの育成のコーチたちが何年も何十年もずっと地道にトライを続けていることに近いんじゃないかと感じ、そういうところでもリンクしていたと思います。そうすることでアカデミーの選手たちがもっと上に上がれるチャンスが増えたり、評価基準が少し重なってくる部分も出てきたりするんじゃないかと。

 それから、僕が監督としてのチャンスをいただいたタイミングがコロナ明けということもあって、やはり入場者数のことは気にかけていました。僕が監督をするようになって、前半戦は本当に5000人台から6000人台。フクアリが1万8000〜1万9000人のキャパの中で、この伝統ある歴史あるクラブにとってはすごく寂しい数字だったと思います。なので、サポーターの方々には毎回足を運んでもらいたい。そのためには、見ていて面白いサッカーをする必要がある。そのために攻撃的に戦う方向性を明確に打ち出していかなければならないと考えました。やはり点を取るというのはサッカーにおいての大きな醍醐味だと思っていて、それがなかなか難しいからこそ、点を取れるチームであればサポーターの方々も戻ってきてくれるんじゃないか、そして新規のサポーターになってくれる方々もいるんじゃないかと。ジェフは歴史あるチームなので昔からのサポーターがたくさんいる。そういう人たちにも届くんじゃないかと。やはりサポーターの方たちがたくさん来てくれないと、自分たちが掲げている目標には到底たどり着けない。サポーターの皆さんとチームとがしっかりリンクして、みんなで一体感を持って戦わないかぎり、クラブとして絶対に大きくなれないと思うんです。当初からそういう考えを持っていたので、そのためにするべきことはシンプルに決まっていきました。点を取らなければいけないし、点を取るためにはチャンス作らなければならない。チャンスを作るために相手の背後を取らなくてはならない。守備のところで言えば、やはり点を取るためには前から奪いに行って、相手ゴールに近いところでどれだけ取れるかだよねとか、そういうことを考えながら。

 その頃のヨーロッパのトレンドとか、当時で言えばやっぱりJリーグはJ1でポステコグルーさんが落とし込んだサッカーでマリノスが躍動していて。J2ではその系譜のクラモフスキーさんが山形で躍動感あふれるサッカーをやっていたり。鳥栖を見ればやはりその流れの中でサッカーを学んだ川井健太さんがJ1で健闘していたり。新潟でも松橋力蔵さんが貫いていて。そういう流れは上手く掴まなくてはならないと思っていました。そこにジェフの歴史やジェフのアカデミーがやっているサッカーなどいろんな部分を重ね合わせると、自然と自分の中に目指すべきサッカーが浮かび上がってきて、それが自分のやりたいサッカーと思い切りリンクしていたんです。

 で、やりたいものは自分の中で明確に浮かび上がってはいるけど、これをどうやってどの順番で選手たちに落とし込むかというところで、あまり難しいことを言い過ぎずに、選手たちにはまず自分たちのマインドをしっかりと揃えることを求めました。それは簡単に言うと、前に出よう、前に行こう、点を取るために前に出よう、試合に勝つために前に出よう。そこだけは絶対にぶらさないようにとその当時から思っていて、いまもそうです」

選手のいちばんいい状態は「何も考えていないとき」

――本当にたくさんの要素が詰まったお話ですけど、コロナ禍明けのタイミングで監督になられたことも、監督人生にとって大きな影響を受けた要因の一つだったということなんでしょうね。

 「そうですね。それもあったと思うんですけど、ジェフの歴史の中でちょっと苦しんでいる時間が長かったぶん、サポーターのみなさんが離れてしまっているという現状をちゃんと受け止めなくてはならないとも思っていました。毎回、それこそホームゲームのたびに、広報の方に入場者数を確認したりして。僕自身がそこに自分の評価を重ね合わせていたんです。観客動員が自分の評価だと。もちろん勝敗も関係してくるんですけど。当然、負ければ観客はいなくなる存在ですから。だからこそ観客、サポーターのみなさんがどれだけスタジアムに来てくれるかというのが、自分たちのサッカーへの評価だと、そしてそれに応えていかなくてはならないと、強く思っていました。

……

残り:6,138文字/全文:10,362文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

ひぐらしひなつ

大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg

RANKING