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日本サッカーの未知の可能性を引き出せる――「清澤式ロンド」の普及活動に込められた想い

2025.01.24

ポジショナルプレー3.0の胎動#6

ポジショナルプレー1.0をペップ・バイエルン時代の偽SB+5レーンの攻撃配置とすると、2.0はそれに対抗する5バックで横幅を埋める「ポケット封鎖」の守備配置であり、現在そこからさらに「ゾーンの間」を消滅させるマンツーマンプレスへと発展している。守備の進化の先にある3.0の胎動を読み解く。

第6回は、前回に引き続き「清澤式ロンド」の提唱者である清澤光伸氏へのインタビュー。ロンドのベースになっているストリートサッカーが消滅しつつある危機感、そんな中でこの理論をメソッド化して「2024年だけで全国50カ所、2000人以上に指導してきた」という普及活動に込められた想いについて聞いた。

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「プラン」はないが、「共通言語」はある

 清澤光伸氏の「ロンド」は、その最もわかりやすいサンプルとしてペップ・グアルディオラ時代のバルセロナが挙げられる。ただ、「ロンド」自体はそれ以前にも何度か現れていて、かつてのブラジル代表は典型だった。相手を釣り出し、圧縮させ、守備を操って打開していくスタイル。

 ブラジル代表監督として最多勝利を記録したマリオ・ザガロはかつてこう言っていた。

 「監督に言われるまでもなく、どうプレーすべきか知っている選手とともにあることが重要だ。私は独裁者ではない。プランを廃し、選手を完全に自由にすることだ」

 このザガロでもブラジルでは欧州的な監督と言われていたのだが、それでも「プランを廃して」と言っていて、戦術が先ではなく選手の発想を重視していた。ただし、その前提として「どうプレーすべきか知っている選手」があり、つまりいかに連携できるかを体得している選手たちが複数いることが条件になる。実際、ある時期までのブラジル代表は何人かの天才プレーヤーを中心に編成が行われてきた。清澤氏の言うところの「ロンド・プレーヤー」で、1982年W杯におけるジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾの黄金の4人、そしてジュニオールはこの大会からの即興的な組み合わせであったにもかかわらず、見事な連携を披露した。70年のペレ、トスタン、リベリーノ、ジェルソンもしかり。

清澤氏とジーコ(写真:本人提供)

 いずれも大会直前に編成されたメンバーなので事前の「プラン」はない。しかし、それで機能したのは「どうプレーすべきか」という、いわば共通言語があったからで、清澤氏の唱える「ロンド」はそれにあたる。「ロンド」はそうした共通言語を持つ複数人のユニットの連携で守備を釣り出す、動かすことで隙を作り、そこを突いていく後だしの理論で、同じくブラジル発祥の「リレーショナルプレー」の実践編と言うこともできるかもしれない。そのメソッドの全貌をここで解説することは難しいが、一般的なサッカーとは発想の違う戦い方という点を抑えていただければいいかと思う。

 この「ロンド」がポジショナルプレー3.0になり得る可能性があるのは、1950年代のハンガリー代表や74年のオランダ代表など、突如それが現出した時の効果が圧倒的であることが1つ。さらに、ほぼ突発的にしか現れないために対策が発達してこなかったということがある。サッカー史上で偉大な痕跡を遺したにもかかわらず戦術史の文脈から外れているのだ。ペップ自身や他チームの例を見ても、そう簡単に再現できるものではないわけだが、「清澤式ロンド」はそれを日本で地域レベルから普及させようという試みである。

写真:本人提供

なぜ、「ロンド」は普及しなかったのか?

――ポジショナルプレーの行き詰まりを打開する可能性として「ロンド」がある。清澤さんの言うところの「トリカゴ理論」、先だしのサッカーでは守備側が有利だけれども、発想を変えて後出しの「ロンド」にすれば打開できるのではないかというところが前編の話でした。では、現状で「ロンド」を実践しているチームはあるのでしょうか?

 「ないです。なぜならストリートサッカーが消滅し、それに代わる育成がロンドの醸成に不可欠な興味あることを突き詰めていく時間を与えていないからです」

――ロンドの実例としてペップ・グアルディオラ時代のバルセロナがあったわけですが、ペップ自身がそれ以降にバルセロナでのサッカーを再現できていない。1970年W杯や1982年でロンドを見せていたブラジル代表も再現できなくなった。ロンドのセンスを持った選手が少なくなっていて、その要因がストリートの消滅と育成にあると。……

Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。