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非ポジショナルの旗手、ラツィオのマルコ・バローニ監督が提唱する「ゾーンから出る動き」を徹底分析

2025.01.26

ポジショナルプレー3.0の胎動#7

ポジショナルプレー1.0をペップ・バイエルン時代の偽SB+5レーンの攻撃配置とすると、2.0はそれに対抗する5バックで横幅を埋める「ポケット封鎖」の守備配置であり、現在そこからさらに「ゾーンの間」を消滅させるマンツーマンプレスへと発展している。守備の進化の先にある3.0の胎動を読み解く。

第7回は、「ポジショナルなサッカーは終わった」と言い放つマルコ・バローニ監督率いるラツィオの戦術を徹底分析。ここまでセリエA4位でELでは全体1位。国内外で結果を出している「反ポジショナル」の旗手が提唱する「ゾーンから出る動き」とは何なのか?

サッリとは対極にある「非ポジショナル」思想

 「ポジショナルなサッカーは終わった。今必要なのは動くこと、とりわけゾーンから出る動きだ。我々が取り組んでいるのはそれだ」

 これは昨年10月27日、ホームでジェノアを3-0と一蹴した試合後のインタビューでマルコ・バローニ監督が口にした言葉だ。

 ラツィオと言えば、昨シーズン半ばまではマウリツィオ・サッリ前々監督の下で、ポジショナルな秩序に基づくテクニカルなポゼッションサッカーを志向していたチーム。しかし、今シーズンから監督を務めるバローニは、その対極に位置するような「非ポジショナル」なスタイルを打ち出して、セリエAを引っかき回している。リーグ前半戦を通して首位戦線に絡む大躍進を見せ、折り返し点を回った現在も、ユベントスやミランを尻目にCL圏内の4位をキープしているのだ。

バローニ監督

 そのサッカーは、一言で言えばアグレッシブかつダイナミック。一見するとオーソドックスに見える[4-4-2/4-2-3-1]をベースとしながらも、ボール保持時には大胆なポジションチェンジや思い切りのいい持ち上がりによって、非保持時には執拗なマンツーマンハイプレスによって、敵味方の配置が作り出すピッチ上の秩序を壊し、そこに生まれた割れ目をこじ開けるようにして強引に状況を打開していく。

マンツーマン対策となる「ゾーンから出る動き」

 そのキーワードが、冒頭の「ゾーンから出る動き」だ。具体的に言えば、スタート時のポジショナルな配置が各自に割り当てるゾーンからあえて離れ、その外にあるスペースに移動する動き。例えば先週末のエラス・ベローナ戦では、人に基準点を置いて守るマンツーマンの守備戦術を採用する相手に対して、後方からのビルドアップでこんなプレーが見られた。

 ラツィオはペナ幅に開いた2CBの間にGKが入った3人で第1列を形成し、敵2トップのハイプレスに対して数的優位でビルドアップをスタート。3人がペナルティエリア内での横パスでボールを動かすのに合わせて、2トップの背後で第2列を形成する2枚のセントラルMF(ゲンドゥージ、ロベッラ)が、ボールに寄ってパスを引き出そうとする動きを見せ、それをマーカーが背後から監視する。ここまでは、普通のポジショナルなビルドアップのプロセスだ。

 しかしそこからロベッラが急に反転し、右ハーフスペースを前方に向かって30mのフリーラン。マーカーがそれについて行くことによって生まれた中盤のスペースに、右ウイングのイサクセンが外から斜めに落ちてくる。GKプロベデルが2トップの間を割るパスをそのイサクセンに通すと、イサクセンはファーストタッチでマーカーを外してターンし、右ハーフスペースをドリブルで持ち上がっていく。

 この時点でベローナの3バックは、ラツィオの3人のアタッカー(CFカステジャノス、トップ下のディア、左ウイングのザッカーニの3人にハーフウェイライン付近でピン留めされている。左WBも、タッチライン一杯まで開いたラツィオの右SBを見ていたので、イサクセンに寄せるには距離があり過ぎる。こうして、イサクセンが目の前に広がったオープンスペースを誰にも邪魔されることなく50m近くも持ち上がる間、ベローナのDF陣にできるのは背走することだけだった。

 現象的には、右セントラルMFのロベッラと右WGのイサクセンがポジションを入れ替えて動いただけなのだが、特筆すべきはその移動距離の長さ。ペナルティエリア直前にいたロベッラと、ハーフウェイライン手前開き気味の位置にいたイサクセンの間は、30m以上開いていた。移動距離が大きければスピードも上がる。これだけピッチを広く使った「ゾーンから出る動き」に、マンツーマンで対応するのは簡単ではない。

ベローナ戦のハイライト動画

「5~6人がポジショナル、4~5人がリレーショナル」を体現

 本特集のイントロ的な位置づけにある対談「ガリアルディと考えるポジショナルプレーの未来」でアントニオ・ガリアルディが述べているように、ゾーンディフェンスが作り出すライン間のスペースを攻略する手段として生まれ磨かれたのがポジショナルプレーだとすれば、それを打ち消す狙いからマンツーマンディフェンスが再評価され広まり始めているのが、昨今のヨーロッパの状況だ。バローニのラツィオが掲げる「ゾーンから出る動き」は、そのマンツーマン(とまで行かなくとも人に基準を強く置く)ディフェンスを逆手に取ってピッチ上の配置をかき回し、秩序を乱してスペースと時間を作り出すことで、優位性を生み出していこうという狙いを持っている。

 興味深いのは、このラツィオのサッカーには、ガリアルディが対談の中で触れている「ポジショナルプレーとリレーショナルプレーをミックスした構造」が、具体的な形で落とし込まれているところ。……

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。