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プロの現場で「戦術おたく」が通用しない理由。イタリア代表分析官が明かす「アナリストとは何か」(後編)

2024.04.26

日本と世界、プロとアマチュア…
ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線
#6

日本代表のアジアカップ分析に動員され注目を集めた学生アナリスト。クラブの分析担当でもJリーグに国内外の大学から人材が流入する一方で、欧州では“戦術おたく”も抜擢されている今、ボーダーレス化が進むサッカー分析の最前線に迫る。

第6回はスパレッティ率いるイタリア代表のマッチアナリストを務め、イタリアサッカー連盟(FIGC)のマッチアナリシス講座で長年講師を務めてきたレナート・バルディが「アナリストとは何か」を語り尽くす。後編では、アナリストの現場でのリアルな仕事内容や欧州サッカー最先端の実情について解説してもらう。なぜ、プロの現場で単なる「戦術おたく」は通用しないのか――?

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ポイントは「情報を絞る」「わかりやすく」

――チームに見せる映像を編集する上でのポイントを教えてください。

 「チームに映像を見せる目的は、我々が試合に向けて用意した戦術的、戦略的なソリューション(解決策)の有効性と効果を説得力のある形で示し、それに対する自信と確信を深めてもらうことにあります。ポイントとしてはまず、無駄な情報を省くためにクリップの本数はできる限り絞り込むこと、理解しやすいよう線や矢印などを使って加工すること、それらをわかりやすくカテゴリー分けした上で相互に関連性を持たせ、内容が頭に残りやすい順序に並べること、見せる時には概略を説明した上で、映像、説明文、そして言葉による解説が効果的に絡み合うようにプレゼンテーションを行うこと、などが挙げられます」

――対戦相手の分析に加えてもう1つ、自チームのパフォーマンス分析もアナリストの大きな仕事ですよね。こちらについても概略を教えてください。

 「自チームの分析は、トレーニング分析と試合分析の2つに分けられます。まずトレーニング分析から見ていきましょう。セリエAレベルのクラブであれば、トレーニングセンターにピッチを俯瞰できるタクティカルカメラが設置され、トレーニングセッションをすべて録画しアーカイブするシステムが整備されているのが普通です。もちろんボローニャにもありました。ボローニャでは、ダビデ(ランベルティ)がトレーニングのライブ映像を見ながら、エクササイズごとにクリップを切り分けてアーカイブし、私はピッチ上でトレーニングに参加した後、そのクリップを見直して、気になった点、注意すべき点があればそれを切り出して監督やスタッフと共有し、必要ならばチームに見せる、というやり方を採っていました。

 例えば試合の前々日、金曜日には、まずビデオセッションで対戦相手の映像とそれへの対応策を見せ、続いてそれを落とし込んだエクササイズをピッチ上で行うわけですが、そのトレーニングの内容を土曜日のミーティングであらためて見せることで、試合でやるべきことを確認する、という使い方をよくしていました。トレーニングで自分がしたプレーを映像で見直すというのは、選手にとっても非常に有効です。例えば、準備したビルドアップのメカニズムがうまく機能した場面を見直して、明日の試合でもこれを成功させようと強調するとか、サイドにボールがある時にペナルティエリアに誰も入っていなかった場面を見直して、この時には『エリアを満たす』ことが重要だという修正をインプットするとかですね」

――試合前には、チーム全体に見せる映像だけでなく、個々のプレーヤー向けのビデオも準備していますよね。

 「はい。対戦相手に関しては、ポジションごとにプレーヤーの特徴をまとめたクリップをクラウドにアップロードしておき、選手がモバイル端末から好きな時にアクセスできるようにしておきます。GK向けにはPK、直接FKの映像、DF向けには相手のアタッカーたちのプレー映像、といった感じです。その作成も毎週のルーティンの中に組み込まれています。ほとんどの選手は、試合の直前になってからこうした映像を見ることを好みます。数日前から見たいと言ってくる選手はほとんどいませんね。実際、試合の前日や当日、アウェイなら遠征先のホテルで時間を持て余している時に見ることが多いと思います。スタジアムに入ってから試合直前に見る選手も少なくありません。ボローニャではホームスタジアムのロッカールームに設置された大型ディスプレイに、セットプレーの対策映像をループにして流していました。アウェイの試合でもロッカールームにタブレットを持ち込んで、セットプレーの映像を確認できるようにしていました」

――試合分析に関しては、今ではリアルタイムでかなりのことができるようになっていますよね。以前は禁止されていた試合中のスタンドとベンチとの交信も、今は可能になりました。それに伴ってアナリストの仕事も変わってきたのでしょうか。

 「以前は私とダビデがスタンドから試合を見て、ダビデがリアルタイムで映像を切り出し、私がそれを編集したタブレットを持ってハーフタイムにロッカールームに下りて、監督に映像を見せて話をするというやり方でした。しかし通信が可能になってからは、私もベンチに下りてスタンドのダビデとやり取りをしながら、ダビデが切り出したクリップをタブレットで見て、必要に応じてそれを監督やエミリオ(戦術コーチのデ・レオ)に見せて対応を話し合う、というやり方になりました。イタリア代表でも、私はベンチに入り、もう1人のアナリストであるマルコ・マンヌッチがスタンドで試合を見ながら映像を切り出すという役割分担でやっています。試合が終わると間もなく、データ会社から基本的なデータを網羅した速報レポートが届くのでそれをチェックして、概略を監督に伝えます。監督は記者会見やインタビューでマスコミ対応をしなければならないので、試合の客観的な情報をインプットしておけばその助けになります」

EURO2024予選の第6節ウクライナ戦で整列して国歌斉唱するイタリア代表一団。前列の右から2人目がバルディ

――試合中にリアルタイムで行った分析が、そのままパフォーマンス分析のベースになるわけですよね。……

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。