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「スッゴイネー」だけじゃない!スキッベ広島を支えるウマルコーチに学ぶ名参謀の心得

2024.03.18

コーチの肖像#1

現代のサッカーでは戦術、フィジカル、メンタルなど様々な分野が高度化しており、監督一人の知識やアイディアではなく、コーチングスタッフの力を結集しなければ勝てない時代になった。専門家集団を取りまとめる監督のマネージメント力はもちろん、リーダーを支えるコーチたちの力量もますます重要になってきている。普段は光が当たらない仕事人たちの役割に迫る。

第1回は、サンフレッチェ広島のミヒャエル・スキッベ監督の右腕、円陣での「スッゴイネーッ」という掛け声でおなじみのセハット・ウマルコーチだ。

 サンフレッチェ広島にはミヒャエル・スキッベ監督が就任して以降、ずっと欠かさない「行事」がある。それは試合後、選手・スタッフ全員が円陣を組み、監督が試合の感想をみんなに語りかけることだ。

 時間にして数分間。決して長くはないが、プロの世界だけでなくアマチュアでも見なくなった光景だと言っていい。指揮官は「試合で感じたことをすぐに選手に伝えたい。自分がこう思っているということを選手たちに感じてもらうには、試合直後がいいタイミングだ」とこの円陣の目的について語っている。

 多くの場合、それはポジティブな内容で総括される。勝っても負けても、選手たちに伝えることは前向きだ。その前向きな内容の中には必ず、自分たちがやるべきことを訴える。だからこそ、チームに「コンセプト」が浸透し、全員がプレーの方向性を見失わないでいられるのだろう。

 その円陣では、勝利した時だけに行われる「儀式」がある。それが、セハット・ウマルコーチの「スッゴイネーッ」という叫びだ。チームをより盛り上げ、勝利の歓喜を高めるためのパフォーマンスは、円陣を締めくくるに相応しい。

Photo: Kayo Nakano

分け隔てないコミュニケーションの達人

 トルコ系ドイツ人のウマルコーチは、とても気さくな人物だ。報道陣にチョコレートを配ってくれたり、選手たちの肩を抱いて話しかけたり。笑顔が魅力的な人物ではあるが、実は非常に緻密な人物でもある。

 「シーズンを闘う上で重要なのは、お互いにコミュニケーションをしっかり取るところ。ただそこに関して言えば、このチームは(自分や監督が来た時から)できていた。お互いにしっかりとコミュニケーションを取れていたし、選手たちのモチベーションも高かった。その基盤の上でスムーズにチームをもっていくためには、自分たち(コーチ陣)がいかにいい雰囲気を作り出して、選手たちが新しいものを習得することにチャレンジしていくか。そういう雰囲気を作れれば、これから(チームは)どんどん伸びていくと思っていましたね。

 日本という見知らぬ土地で新しい仕事にチャレンジするわけですから、来日前はいろいろなことが起こるかなとは思っていました。でも日本での生活は基本的にはポジティブな面ばかりを感じています。すごくフレンドリーで、よそから来た人に対してもすごく尊敬を持ちながら接してくれる。そういったところは、(自分のルーツである)トルコ人ともメンタリティが似ているなと思います。だから日本にいると、(自分の故郷に)帰っているような感じがするんですよ。外国にいるっていう雰囲気ではなく、そこに馴染めていけるという感触があります​」

「大枠を決める」チームづくりの細部をサポート

 ウマルコーチの仕事は、端的に言えばスキッベ監督のサポートだ。そして経験十分なこのドイツ人監督のチームづくりには、特長がある。

 指揮官が決めるのは、チーム戦術の大きな枠組みだ。もちろん、大枠だけで「あとは自由にやれ」だけでは、現代のサッカー戦術を構築することは難しい。ミヒャエル・スキッベという人物が描いている絵をなぞりつつ、補助線を引いてやるサポートが必要なのだが、その役割を有馬賢二ヘッドコーチ・迫井深也コーチとともに、セハット・ウマルは引き受けているわけだ。

 「監督という仕事はチームのすべてを把握しなきゃいけない。でも、その仕事の範囲は非常に多岐にわたっていて、一人ですべてやるというのは非常に難しいんですね。だからこそ、コーチ陣のサポートが必要になってくる。我々は監督を助けることが仕事なのでね」

 ただ、スキッベ監督をサポートするためには、指揮官が掲げている「コンセプト」をしっかりと把握しながら選手たちにアプローチしないといけない。細かい戦術的なことを説明するにしても、「やり過ぎ」は禁物だ。それはウマルコーチだけでなく、有馬ヘッドコーチや迫井コーチらも、異口同音に語っていた。

 「監督自身、40年近い指導者経験の中で、様々に考えるところがあったと思うんです。そこで出した結論が細部を気にしすぎるよりも、大枠を提示して細かいところに関しては個人でしっかり打開し、選手が解決していく方法が一番いいと判断された。自分たちコーチ陣も細かい部分をサポートしていく必要はありますが、大枠を崩さないような配慮というか、仕事の仕方が大事かなと思います。これまで、監督のやり方は本当に非常に上手くいっていると感じていますね」(ウマルコーチ)

Photo: Kayo Nakano

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Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。