いずれも殿堂入りを果たしており、サッカー面でのレジェンドでもあるウリ・ヘーネス会長とカール・ハインツ・ルンメニゲCEOが陣頭指揮を執りドイツの盟主に君臨してきたバイエルン。しかし今、その強固な体制への疑問や拒絶が広がり始めている。
文 遠藤孝輔
ミュンヘン在住の大ベテラン記者から、こう誘いを受けたことがある。
「エンドウさん、いつアリアンツ・アレナに来る? ヘーネス会長とVIP席で一緒に試合観戦しないか?」本当にそんな体験ができるのか。半信半疑だったが、その記者はバイエルンのヘーネス会長と40年来の付き合いだ。そもそも嘘をついたところで、彼になんのメリットもない。諸事情からこの申し出を断ってしまったが、今でも会長にかけ合うことは可能だろう。
このエピソードを持ち出したのには理由がある。ヘーネス会長の手腕を褒めても、決して批判することはなかったその記者が、ついに疑問を抱き始めたのだ。果たして、ヘーネス&ルンメニゲCEOの“二頭体制”で、クラブは今後も正しい道を歩めるのか、と。
選手、GM時代を含め、約半世紀もバイエルンの発展に尽力してきたヘーネスは、クラブ最大の功労者に違いない。それゆえ彼の権限は巨大。クラブ内に反旗を翻す者がいれば、容赦なく締め出す。それは自他ともに認める「人生の友」として美しい時間を共有してきた相手でも関係ない。実際、昨秋にTVを通じて自身を批判してきたクラブOBで、かつて西ドイツ代表でも苦楽を共にしたパウル・ブライトナーに対し、ホームゲームを無償で観戦できる「名誉会員チケット」の剥奪という措置を取った。ヘーネスの言い分はこうだ。
「文句があるならTVで言うのではなく、私に直接言ってくるべきだ」

SDは両巨頭の傀儡
強権を発動したエピソードは他にもある。例えば、グアルディオラの招へいが決まった際、その新監督が欲したネイマール獲りに反対し、ルンメニゲとともにゲッツェを猛プッシュ。現場の声に耳を傾けないわけではないが、最終的な意思決定は自らが下すスタンスを貫いている。現在のSDであるハサン・サリハミジッチはヘーネスとルンメニゲの傀儡(くぐつ)に過ぎず、ドルトムントのミヒャエル・ツォルクSDやボルシアMGのマックス・エバールSDのように、強化に関する大きな発言権を持つことも、尊敬を集めることもない。

それを嫌ったのが、21世紀のバイエルンにおけるベストプレーヤーだ。そう、17年夏に現役を退いたフィリップ・ラームはSD就任を要請されたものの、ヘーネスに「同職の権限拡大」という条件をはね退けられ、愛するクラブと袂を分かつ決断を下した。その後、ラームはDFB(ドイツサッカー連盟)の親善大使として、EURO2024の招致成功に貢献。今ではDFBの次期会長候補と言われるほど、セカンドキャリアを謳歌している。引退時に将来的なバイエルン復帰を示唆していたものの、ヘーネスがトップに君臨し続ける限り、聡明なラームは戻ってこないだろう。
ほとんど独裁者と言える振る舞いを見せながら、ヘーネスが株主およびクラブ会員から圧倒的に支持されるのは、やはり実績があればこそ。昨年の年次総会で、バイエルンは史上最高額となる総収益(6億5470万ユーロ)を発表した。もちろん、財務部門の長であるドレーセンの働きに拠るところも大きいが、ヘーネスはかつて経済誌に「ヘーネスから学べること」と特集されたほど、この分野にも精通している。
とはいえ、肝心のピッチで結果が出なければ、フロントへの批判が強まるのは明白。実際、前述のベテラン記者が疑問を抱き始めたのも、今シーズンの不振に起因する。ヘーネスも自身への風当たりが強まっていることに気づいているだろう。ここにきてOBのカーンを入閣させる動きを見せているのも、何か変えなければならないと理解しているからだ。しかし、現役引退後のカーンと言えば、解説者の実績くらいしかない。ヘーネスやルンメニゲとは昵懇(じっこん)の仲であり、第二のサリハミジッチとなるだけではないか。どんな役割を担わせるかも不透明なままだ。
そのカーンの動向に加え、まずはマイスターシャーレを防衛できるか、そして会長自らが明言している今夏の大幅な陣容刷新に注目だ。ヘーネスとルンメニゲの“二頭体制”が時代遅れかどうか判断するには、もう少し見守る必要があるのは間違いない。

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