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スターかつ“普通人”イニエスタから学ぶべきサッカー以外のこと

2018.07.18


「イニエスタは日本に降臨し神のお告げをする」。日本での騒ぎぶりをこう評したスペインの記事があった。イニエスタをサッカーの賢人扱いするのは正しいが、偶像(アイドル)扱いは間違っている。サッカーの神でかつ人間のイニエスタには、グラウンド内外で学ぶことがある。

※この記事はワールドカップ開幕前に執筆されたもの


 イニエスタの入団会見を見て“もっと本人にしゃべらせろ!”と思ったのは私だけではないだろう。イニエスタのコメント時間は2分ちょっとで質問者は2人だけ。300人以上の報道陣が集まったというからもったいないことだ。事前に入団以外のことは聞くな、なんて言うから、日本のことはあまり知らないし社交辞令もあるので味気ない問答になる。そんな制限をせずバルセロナを辞めた決意の理由からW杯への抱負まで自由にしゃべらせれば良かったのだ。そうすればメディアを通してお茶の間に彼の人柄も伝わったのに。

 あの残念な会見の4日後、スペインで90分間の対談番組に登場した彼は、正味60分間ほどしゃべっていた。しゃべりは下手だと思っていたが、そうでもない。「バルセロナ所属」という冠が外れて自由になったというのもあるのだろう。最も感動的だったのはイニエスタを代表する2つのゴールの間のエピソードである。

 CL準決勝スタンフォードブリッジでのゴールが2009年5月、南アフリカW杯決勝のゴールが2010年7月。その1年2カ月の間に5回も負傷した彼は本人いわく、「キャリア最悪の期間」を過ごしている。最後のケガは4月でW杯出場も危ぶまれたが復活し、延長戦ロスタイムにスペインを世界一に導く。くじけず努力すれば良いことがある、という生きた見本でもある。


エゴ、商業的なカリスマとは無縁の人

 日本がイニエスタに学んでほしいのは、グラウンド上のことだけではない。彼がライバル関係を越えて愛されているのは選手として模範であり、人としては普通であるからだ。グアルディオラは言ったことがある。

 「育成世代の選手に見習ってほしい。ピアスもしないし髪型も気にしないし髪も染めない。全員が最高の選手だと知っているが、20分間しかプレーしなくても、どんなポジションでどんな使い方をしても文句を言わず、常に良いプレーをする。負傷中でも機嫌が悪い時でも人を助けることに徹している」と。

 エゴの塊であることがプロの証である、という考え方がある。CL優勝直後に移籍を匂わす発言をし祝祭に水を差したロナウドやベイルを見ていると、そう思いたくなる。我の強さはタフさの代名詞でありお人好しではプロではやっていけない、と言われる。だがイニエスタを見よ! 良い人でも世界の頂点まで行けたではないか!

 スペインではサッカー選手をいたずらにスター扱いしない。“グラウンドを離れればただの人”というクールな見方をするから、街で見かけても放っておいてくれるし、やたらCMに出ることもない。イニエスタのCM出演本数を調べると通算でも5本だったが、日本のあるスター選手のケースだと軽く100を超えている。スペインの場合、クラブ間のライバル関係が強く反感を買いかねないからスポンサーが二の足を踏む、というのもあるのだろう。例えばロナウドが勧める商品は3割のレアル・マドリーファンには売れても、残り7割は絶対に買わないというふうに。

 だが、そんな事情を差し引いても、イニエスタの商業面のカリスマのなさは逆に凄い。サッカーを好きでやってきた、周りが騒いでも関係ない、という本人の声が聞こえてきそうだ。22年間1つのクラブに忠誠を尽くした点も含め、サッカーのショービジネス化や選手の商品化とはまったく無縁の存在である。


彼の言葉なら素直に聞ける

 そんなイニエスタだからこそ、サッカーに限らずスポーツのショービジネス化の先進国である日本は学ぶことがあると考えている。スポーツの原点とは何なのか、アスリートとは何なのかを考え直すきっかけにスーパースターかつ“普通人”の彼はなり得る。と同時に、彼がショービジネスに取り込まれてしまう心配もないではない。CMに出たりバラエティ番組に出たりする姿も想像できてしまう。親近感を抱く人が増え、本人の異国経験は豊かになるだろうけど、やはりイニエスタを有効活用しているとは言えない。逆に、メディア露出を制限し彼の口を塞いでしまうのも得策ではない。

 イニエスタは引退後、監督を目指しているそうだ。先輩のシャビ同様、プレーや戦術を言葉にする訓練を積もうとしていると解釈できる。ヴィッセル神戸やJリーグでプレーしての印象、サッカーカルチャーのギャップなどは選手や指導者だけが体験として共有するのではなく、メディアやファンにも発信してほしいのだ。たとえ“ここがダメだよ日本サッカー”的な耳に痛い内容であったとしても、イニエスタの言葉ならば納得でき素直に聞けるのではないか。称賛はもちろん苦言も日本サッカー界を良くするためには間違いなく役に立つ。

 イニエスタの目から見た日本と日本サッカー、それを発信する場と機会を積極的に設けて、彼の存在を120%活用してほしい。

Photos: Getty Images

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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