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川島永嗣の欧州挑戦13年(中編):第3GKから正GKへ、2度の下剋上。その真髄は「自分が何を目指してやっているか」

2024.02.07

ヨーロッパ3カ国5クラブでプレーし、W杯を4度経験した川島永嗣が、ジュビロ磐田の背番号1としてJ1の舞台に帰ってきた。40歳のGKが母国で14年ぶりに迎える新シーズン開幕を前に、27歳でブリュッセルの空港に着いた瞬間に立ち会っていた小川由紀子さんが、それから13年間の欧州キャリアを当時の本人、コーチやチームメイトらの談話を交えて振り返る。
中編はメスで2季(2016-18)、ストラスブールで5季(2018-23)、第3GKからのスタートにも「苦しんだら苦しんだ分だけ」成長し、10代の頃と同じ気持ちでサッカーに向き合ってきたフランス時代。

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「毎日アピールしなければいけない環境」で得たもの

 翌2017-18シーズン、FCメスのリーグ1残留に貢献した川島永嗣を待ち構えていたのは、またしても控えGKという現実だった。

 日本代表に帯同していたため1週間遅れてプレシーズンに合流したが、彼自身は前シーズン終了時につかんだ正GKの座を継続するつもりで準備をし、またチーム内にも当然のようにそうした空気が漂っていた。ところが、開幕まであと1週間ほどという段階になって、川島は「開幕戦は君(が先発)ではない」と告げられる。プレシーズン中の練習試合で、2部のオセール相手に4失点で大敗したことがその理由だと伝えられた。

 トマ・ディディヨン(現セルクル・ブルッヘ)が先発して開幕から3連敗を喫すると、4戦目からは再びゴールを任されることになったが、メスの低迷は改善せず、第10節を終えて1勝9敗と最下位に落ち込み、フィリップ・ヒンシュベルゲ監督(現シャモア・ニオール)は解任。暫定監督が率いた短期間を経て、後任にはかつてルマンで松井大輔の指揮官だったフレデリック・アンツが迎えられた。

 アンツもまた、正GKを決めあぐね「1カ月ずつのローテーションで様子を見る」という、当人たちにとっても、チーム全体にとっても不安定でしかない奇策を講じた。結局、ディディヨンが出るはずだった試合に川島が代わって出場し、勝ち星を得たことで川島の継続起用が決定。シーズン終了まで彼が正GKとしてゴールを守ったものの、序盤戦のつまずきを挽回することは叶わず、メスは最下位で2部に降格してしまう。これを機に川島はチームを離れることになったが、「第3GK」と宣告されて入団しながら第1GKとして終えたメスでの経験は、彼をさらに成長させた。

 「ベルギー時代は自分が出て当たり前の環境でやっていたけれど、競争があることで自分がより工夫しないといけないし、毎日高めていかないといけないし、毎日アピールしなければいけない。そういう環境は、いろいろ新しい考えやモチベーションを与えてくれる」

 メスでの研鑽を、川島はそんなふうに描写している。そして夏のメルカート終了直前の2018年8月29日、同じリーグ1のRCストラスブール入りが発表された。

33歳で加入したメスでは1年目に公式戦6試合、2年目は31試合でゴールを守った。上は2017年9月、下は2018年4月(Photo: Yukiko Ogawa)

2年間で出場1試合…から守護神に君臨

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Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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