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「優勝を目指すチームにならなくちゃいけない」城福浩が東京Vに植えつけた情熱と覚悟

2026.10.14

2023年12月、東京ヴェルディを16年ぶりのJ1昇格に導いた城福浩監督は、サポーターに向かって「優勝を目指すチームにならなくちゃいけない」と叫んだ。J1に戻るだけでは終わらない。緑の名門を再び勝者にする。その決意を胸に、選手とクラブに妥協なく向き合い続けた指揮官は、2026年10月5日、志半ばでチームを去った。番記者として約8カ月間、日々の取材を通じて触れたのは、勝負への執念だけではない。采配の意図を丁寧に言語化する説得力と、クラブの未来を変えようとする不屈の姿勢だった。白谷遼記者が、城福浩前監督と過ごした日々を振り返る。

 勝負の厳しさを誰よりも知り、熱意をもって選手と向き合い続けた指揮官が緑の名門を去った。2026年10月5日、東京ヴェルディは城福浩監督の解任を発表。クラブを16年ぶりのJ1昇格へ導き、トップカテゴリーに定着させた情熱の軌跡は、志半ばで1つの区切りを迎えることとなった。

 2026年2月、百年構想リーグの開幕とともに始まった取材活動の中で触れたのは、説得力に満ちた言葉の力と、クラブの未来を変えようとする不屈の姿勢だった。城福浩前監督との約8カ月間を回想したい。

城福浩前監督(Photo: Takahiro Fujii)

最後まで情熱を注ぎ続けた指揮官との、突然の別れ

 今年10月3日、ヴェルディグラウンドで選手たちが練習に汗を流している姿を撮影していると、「今日は城福さんの取材は大丈夫ですか」とクラブスタッフが声をかけてくれた。この日は天皇杯3回戦・鳥取戦の4日前のメディア公開日。本来は監督の囲み取材はなく、この日は選手たちの取材に加えて夕方からU-21東京Vの取材があった。そのような事情もあり、クラブスタッフの親切心に「大丈夫です」と答えた。今思い返すと、何か一つでも話を聞いておけばよかったと後悔している。

 翌日の10月4日、クラブ側から明日の練習を急きょ完全非公開にするという連絡が入った。主力選手のケガなどを想定したが、5日のリリースで指揮官の契約解除を知った。3日の練習ではいつも通り情熱的に選手の指導に当たっており、選手が解任を知ったタイミングも、クラブの発表があった当日だったという。

 最後に城福前監督から直接話を聞いたのは、ルヴァンカップ2回戦・サガン鳥栖戦(●1-2)の2日前の囲み取材だった。その時の指揮官は、メディアからオフの過ごし方を聞かれ「『今までで一番』という表現は陳腐なので使いたくないですが」と前置きしつつ、「指導者人生の与えられたオフの中で、今までで一番チームのこと考えていたかもしれない」と語っていた。あのギラギラとした眼差しを見た者として、同監督の無念の大きさは想像に難くない。

 林尚輝、齋藤功佑は天皇杯3回戦・鳥取戦後、選手たちも「最後に感謝の気持ちを伝えられなかった」と明かした。常に全力を注ぎ込んできた監督と、それに食らいついてきた選手たち。互いにあふれる想いを抱えながらも、直接言葉を交わす時間はなかった。この時ミックスゾーンを包んだ空虚感こそが、城福体制の情熱に満ちた日々を何よりも証明していた。

23年12月国立競技場、昇格の歓喜で刻まれた強烈な記憶

 あの光景が目に焼きついている。2023年12月、記者になる前に観客として訪れた国立競技場でのJ1昇格プレーオフ決勝は、濃緑の観衆が大きな声援を送っていた。

……

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Profile

白谷 遼

2025年度まで縄手猟名義で活動。サッカー専門媒体『エル・ゴラッソ』で東京ヴェルディを担当。これまで日本代表、Jリーグ、大学・高校サッカーなど、プロアマ問わず幅広く活動している。小学校の頃に見たパク・チソン、イ・ヨンピョの活躍に感銘を受けて韓国サッカーにハマった埼玉県民。韓国サッカーに深い造詣があり、興味の守備範囲は広い。

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