REGULAR

日本一サッカーが上手いベガサポ?ベガルタ仙台と相思相愛の岩渕弘人。“夢の場所”にたどり着くまでの2クラブで育まれたもの

2026.10.01

ベガルタ・ピッチサイドリポート第41回

交代でベンチに下がっても、熱いアクションでチームメイトを鼓舞する姿は、「最前列のサポーター」と称されている。2026年からずっと憧れ続けていたベガルタ仙台の一員となった岩渕弘人は、その圧倒的なクラブ愛と、献身的なプレースタイルで、ユアスタに詰めかけるサポーターの心をがっちりと掴んでみせた。とうとう今季初ゴールも記録した背番号27の過去と現在に、おなじみの村林いづみが迫る。

「3つの夢を叶えた男」のサクセスストーリー

 昨年のクリスマスに届いたリリースだった。「岩渕弘人選手 ファジアーノ岡山より完全移籍加入のお知らせ」。いわきFCやファジアーノ岡山の選手として、何度かヒーローインタビューのマイクを向けていた選手だった。対仙台戦では、かなりの確率でゴールを決めていた。相手にすると厄介な選手、そう記憶していた。

 「ベガルタ仙台に関わるすべてのみなさま、初めまして。ファジアーノ岡山から移籍してきました、岩渕弘人です。サッカーを始めたころから自分の夢は、サッカー選手になること、ユアスタでプレーすること、そしてベガルタ仙台の選手になることでした。自分にとってベガルタ仙台というクラブは、小学生のころから大好きで憧れのクラブです」

 リリースに記された言葉に胸を打たれた。彼は幼い頃の3つの夢を叶えたこととなる。「J1からJ2へ」。カテゴリーを下げてまでの完全移籍。「梁勇基選手」のユニフォームを着てユアスタに通った子どもの頃の憧れに背を向けることはできなかった。加入してからの活躍はご覧の通り。J2・J3百年構想リーグ優勝、EAST-A最優秀選手。特別大会で6得点はチーム最多だ。

 労を惜しまず、とにかく走る彼は2026/27シーズンにおいても、「代えの利かない選手」として全試合先発出場し続けている。次の夢は「J1昇格」。これまで、いわきでも岡山でも仲間と力を合わせ、昇格を果たしてきた岩渕弘人に、2クラブで育まれたものや現在の実感を聞いてみた。

筋肉痛も自信や一体感に。プロとしてのベースを作ったいわきFC

――改めて前節は古巣のいわきFCとの対戦。ハワイアンズスタジアムいわきでプレーし、どのような思いがありましたか?

 「ずっと自分がやってきたスタジアムでした。今の自分がいるのは、いわきFCのおかげですし、すごく特別な時間だったなと思います」

――仙台大学を卒業した後、4年間を過ごしたいわきFC。濃厚な時間でしたね。

 「はい。いわきFCに入団が決まった時点では、まだJFLに上がるということが決まっていなかった状態でした。その後、正式に決まってJFLでキャリアをスタートできました。そこから1年目に関しては、試合に出させてもらったんですけど、今考えると自分に対してすごく甘かったです。プロとしての食事管理やケアなどを全然していなかったので、そこで厳しくスタッフから教えてもらいました。自分の体を知ることや、何を食べればよいか、どうやって体脂肪を減らすかということを2年目に取り組んで、大きく変わることができました。今もサッカーを続け、試合に出られているのも、いわきのおかげだと思います。若い選手、大卒とか高卒の選手に関しては、みんなあそこに行ったら、すごく成長すると思います。それは自分が体験したので、最初に行ってよかったなって思いました」

――実際、新卒の選手が大勢入団して成長し、そこからいろいろなチームへ羽ばたき、活躍しているという状況ですよね。間違いない「いわきブランド」があると言えますね。

 「そうですね。最近に関しては、若い選手にとってJ2で複数チームに行けるとしたら、いわきに行くという選択肢を取ると思います。試合に出られるチャンスもあると思いますし、若い選手が成長できるという部分に関しては、いわきFCがナンバー1だと思っているので、お勧めはできるかなと思います」

――食や栄養の知識、指導もそうですが、いわきFCと言えば、やっぱり筋トレもすごかったですか?

 「自分が入った年(2020年)は、いわきも初めてJFLに昇格して、チームとして一回、試合にしっかり調整するように持って行きました。『筋トレをして、筋肉痛が残った状態で試合に行くのはやめよう』みたいな感じで、1年目は筋トレが少なかったんです。それで実際、JFLでプレーして1年目にJ3に上がれなかった時に、『やっぱり俺たちは筋トレしないとダメだ』という話になったと聞きました。2年目からは、もう週3ぐらいでずっと筋トレしていましたね」

――筋肉痛がある中で試合をするんですか?

 「試合の2日前や3日前に筋トレするので、ある程度、張りはある状態で試合に行くんですけど、その時に関してはもう気持ちいいじゃないですけど(笑)、それも自信になっていたような気がしていました。『俺らはこれだけやったんだから』みたいな気持ちにもなるし、みんなで練習も筋トレも乗り越えてやってきたので、その一体感っていうのも生まれていたかなと思います」

誰もが味方のために泥臭く走る。3年連続で昇格を経験したチーム

――そうした中で、いわきFCは2021年から毎年昇格をし続けました。昇格し続けるチームの中にいるというのはどのような経験でしたか?

 「所属した1年目だけ上がれなかった年はあったんですけど、その時は自分も甘かったと思うし、それ以降のチームに比べると全体もちょっと甘さがあったと思います。JFLからJ3に上がったシーズンもそうですし、J3からJ2に上がった時も、本当に練習ではみんなが試合に出るためにバチバチしていました。そして試合になったら、試合に出ていない選手もしっかり応援する。

 あとは、みんな良い意味でプライドがないっていうか。チームのために泥臭く自分を犠牲にして走るような選手たちでした。そういう選手たちばかりだったので、鼻が伸びている選手もいなかったし、監督が王様扱いするような選手もいなかった。全員が謙虚に、チームのために走るということを毎日繰り返していたので、それが結果として出ていたのかなという気がします」

――それがチームのカラーとなり、みんなで謙虚に一つずつ上がってきた。それが、いわきFCというチームだと。

 「そうですね。誰一人調子に乗る人もいなかったし、逆にそういう選手がいたらチームの中で浮くような感じもありました。スタメンで出ている選手でも、最後に足を攣るまで走ったりする。その環境でできて本当に良かったなと思っています」

J2第8節・いわきFC戦で古巣の本拠に乗り込み、再会を果たしたホームサポーターに挨拶する岩渕弘人選手(Photo: Vegalta Sendai)

――その姿は、今の岩渕選手のスタイルそのものですね。いわきFCでベースが出来上がったと言えますね。

 「そうですね。1年目は試合に出させてもらっていたんですけど、2年目の最初はちょっと試合に出られない時があって、実は腐りかけていたんです。コーチに励ましてもらいながらやっていました。どんどん試合に出られるようになってからは、『何をすると試合に出られるか』ということを考えました。いわきでは“ベースの部分”をすごく大事にしているので、上手い選手よりは、頑張って走っている選手の方が評価されるという環境。それが今の自分につながっているかなと思います」

――そして、大きなけが(右膝前十字靱帯と外側半月板損傷)を経験したのがいわきFCでの3年目、2022年の秋でしたね。

 「チームとしても勝てばJ3優勝、J2昇格が決まるというタイミングでした。個人的にもすごく調子が良くて、ちょうど2桁ゴールを取った後だったんです。体も頑張っていた。(第31節)宮崎戦の最後の方に頑張って、二度追い三度追いして、切れてしまった。まあ、でもなんだか上手くいき過ぎていた。その分、こういうのもあるなぁと思いました。けがをした時は2日目で手術をしたんですけど、入院生活がきつくて……。けがをしてから1週間ぐらいはネガティブになりましたけど、そこからすぐに切り替えて『半年間サッカーをしなくても給料がもらえる』ぐらいの感覚で、本当考え過ぎずに、気楽に。やっぱりプロなので、ピッチに立たないと評価されない部分はありますけど、そんなことを考えても意味がないのでポジティブになっていました」

――そのけがの経験からでしょうか?2024年の仙台対岡山の試合で、ゴールを決めた後に、サポーターの方へ当時離脱していたグレイソン選手(2024~2025年、岡山に在籍)のユニフォームを掲げていましたね。

 「はい。グレイソンというFWの選手がいたんですけど、以前前十字靭帯のけがをやっていて、ずっとチームを支えていた中で、また前十字靭帯のけがをした。自分も1回やっているからこそ、2回目もやってしまうという絶望感もわかる。リハビリがきついということもわかっていたので、ルカオ(岡山)と、点を決めて一緒にやろうみたいな話はしていたんです。グレイソンは治療のためブラジルに帰っていたんですけど、『DAZNで見ている』って言っていたので、一緒に戦っているっていうのを見せたいなと思っていました」

――ユアスタで仙台相手に決めたんですよね。

 「はい(笑)」

――いわき時代に時を戻すと、2023年6月にけがから復帰しました。J2での初年度でした。

……

残り:6,562文字/全文:10,393文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

村林 いづみ

フリーアナウンサー、ライター。2007年よりスカパー!やDAZNでベガルタ仙台を中心に試合中継のピッチリポーターを務める。ベガルタ仙台の節目にはだいたいピッチサイドで涙ぐみ、祝杯と勝利のヒーローインタビューを何よりも楽しみに生きる。かつてスカパー!で好評を博した「ベガッ太さんとの夫婦漫才」をどこかで復活させたいと画策している。

RANKING