「昇格するチームの正体」を知る男、いわきを支える影の立役者・西谷亮の責任
いわきグローイングストーリー第20回
Jリーグの新興クラブ、いわきFCの成長が目覚ましい。矜持とする“魂の息吹くフットボール”が選手やクラブを成長させ、情熱的に地域をも巻き込んでいくホットな今を伝える。
第20回は、2026/27シーズンが開幕してからというもの、いわきを支える影の立役者として数字にならない貢献を続ける西谷亮をピックアップ。これまで所属した東京ヴェルディや岐阜での経験や出会いを踏まえ、成長を続ける西谷亮の現在地を探る。
開幕2連勝とはいかなかった。第2節・藤枝戦を1-3で落とすと、続く第3節・大分戦も1-4で敗れ、いわきFCは1勝2敗の暫定15位で2026/27シーズンをスタートさせた。田村雄三監督は大分戦後、「責任はすべて私にある」と語り、立て直しを誓った。
派手な滑り出しとは言えない中、背番号10を背負う西谷亮の名前も、得点者としてスコアシートに刻まれる場面はまだ多くない。東京ヴェルディの下部組織で育ち、FC岐阜での期限付き移籍を経て、2026年に完全移籍でいわきに加わった22歳のMFは、今、ゴールというもっとも分かりやすい結果とは違う形で、チームを支えている。
「いわきを支える影の立役者」——そう呼ばれることに、本人が満足しているわけではない。だが数字だけでは見えない部分にこそ、今のいわきFCが目指す姿がある。ヴェルディ時代、岐阜時代を含めて、彼のこれまでと、今の胸の内を聞いた。
緑の血統と、打ち砕かれたプライド
神奈川県川崎市出身の西谷は、FCパーシモンでサッカーを始め、東京ヴェルディジュニア、東京ヴェルディジュニアユースを経て、東京ヴェルディユースへと進んだ。育成年代では日本屈指の環境を歩み、2021年にはユース在籍のまま2種登録選手としてトップチームに登録されている。
ユース時代は[4-3-3]のワンアンカーとしてプレーし、2022年にトップチームへ正式昇格。1年目も基本的にはアンカーでの起用が続いた。転機は2年目、城福浩が監督に就任したことだった。
「2年目に城福さんが監督になり、[4-4-2]のツーボランチを任されるようになりました。基本的にサッカー人生ではボランチしか経験したことがなかったんです」
生え抜きとして育ったクラブで、着実にキャリアを積んでいくように見えた。だが2023年、チームがJ2からJ1昇格プレーオフを勝ち抜き、16年ぶりのJ1復帰を果たしたそのシーズン、西谷がピッチに立てた時間はわずかだった。実際、2023年のJ2リーグでの出場は4試合(先発0、途中出場4)、出場時間37分にとどまっている。育成組織で描いてきたキャリアの軌道が、初めて大きく揺らいだ瞬間だった。
ヴェルディで感じた「昇格するチームの正体」
「ヴェルディがちょうど昇格した年で、個人的にはJ1ではやれないと感じていました。J2で昇格した年に4試合しか出られていなかったので、J1に上がったらなおさら出場できないというのは分かっていたんです」
出場機会を求め、自ら「外でプレーさせてください」とクラブに直訴した。だが、試合に出ていない選手に声をかけるクラブは多くない。
「最初はもちろんJ2でプレーしたいと思っていましたが、試合に出ていない分、オファーはあまりありませんでした。結局J3のクラブに決まったとき、『ここで結果を出せなければ自分は終わる』と思いました」
だが西谷にとって、ヴェルディでの経験は移籍の悔しさだけでは終わらない。むしろ、後にいわきで語ることになる「昇格するチームの条件」の原体験は、このヴェルディ時代にあった。
「1年目は昇格できませんでしたが、2年目の昇格した年は、明らかにチーム内の雰囲気が違いました。負けた試合の後の練習、その1週間の過ごし方から、『次は絶対に負けられない』という雰囲気がありました」
出場している選手と、出場できていない選手。その間に生まれる緊張関係こそが、昇格するチームの正体だったという。
「昇格したときのヴェルディは、出ている選手が100%確実にプレーしてくれていましたし、出ていない選手にも『これなら出られなくて仕方ない』と思わせるようなプレーをしてくれていました。逆に出ていない選手も、出ている選手たちのプレーを見て『これだと自分たちは出られない、もっとやらなきゃ』となっていたと思います」
出場を勝ち取れなかった側として見ていたその光景は、後にいわきで「出場する側」として自分がどう振る舞うべきかの指針になっている。そしてこの雰囲気作りの重要性を、西谷は移籍先の岐阜で、今度は自分自身の変化として体感していくことになる。
荒々しさの削ぎ落とし、岐阜・石丸清隆との邂逅
期限付き移籍でJ3の舞台に立った西谷には、当初どこか甘さがあったという。
「移籍1年目は、覚悟を持って向かった一方で、言い方は良くないですが『J3なら出られるだろう、結果を出せるだろう』という気持ちもどこかにありました」
1年目となる2024年、西谷はJ3リーグ31試合に出場(20試合先発、11試合途中出場、出場時間1846分)し、4得点をマークした。出場自体は決して少なくなかったが、起用ポジションはボランチが中心で、本人の実感としては手応えの薄いシーズンだったという。
転機となったのは2年目、2025年に就任した大島康明監督のもとでの起用法の変化だった。
「そのとき指揮を執っていたのが大島康明監督で、戦術が細かく、自分にはすごく合っているスタイルだったので、とても楽しみな1年でした。その時にトップ下でも起用してもらいました」
[3-4-3]の左シャドー、あるいはトップ下という攻撃的なポジションを任され、結果も明確についてきた。2025年のJ3リーグでは32試合に出場(29試合に先発、3試合途中出場、出場時間2484分)し、8得点はチーム得点王。前年の4得点から倍増する成長を見せた。だが本人はこう振り返る。
「サッカー面では成長させてもらったと感じていた分、どこかまだ自分は子供だなとも思っていました」
その「子供」だった部分——感情のコントロール——を大きく変えたのが、2025年7月に就任した石丸清隆監督との出会いだった。
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Profile
近藤 健多朗
1999年、愛知県生まれ。幼少期から高校卒業までプロサッカー選手を目指したものの、怪我により断念。大学卒業後は一般企業で勤務していたが、サッカーへの情熱を捨てきれず一念発起し、ライターに転身。現在は『エル・ゴラッソ』にて、いわきFCおよび福島ユナイテッドFCの担当記者を務める。
