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「紙一重の決断」が未来を変えた――岩清水梓が女子サッカー界に残した財産

2026.06.09

2011年女子W杯決勝。延長戦の終盤、アレックス・モーガンを倒して退場となった「魂のレッドカード」は、いまなお岩清水梓を象徴する場面として語り継がれている。だが、そのキャリアを振り返ると、彼女を特別な存在にしたのはあの決勝戦だけではない。163センチのCBとして世界一に上り詰めたこと。出産後に現役復帰し、新たなロールモデルとなったこと。そして39歳まで第一線に立ち続け、女子サッカー選手の未来に新たな道筋を示したこと。本人が「紙一重のサッカー人生だった」と振り返る競技人生の先に、彼女が女子サッカー界へ残した本当の財産とは何だったのか。

 幾度となく取材やちょっとした立ち話をした陽が降り注ぐロビーで、岩清水梓(39)とのインタビューはあっという間に終わりの時間を迎えてしまった。

 中1で育成組織のメニーナに入り、ベレーザに昇格しリーグを代表する選手として頭角を現す。CBとしては身長163センチと小柄ながら状況判断を最大の持ち味にユース年代で日本代表に選出。20歳で日本代表「なでしこジャパン」に加わると、5年後にはW杯の優勝メンバーとなった。

 結婚し母親になり復帰。競技人生の終盤になって前十字じん帯の手術と長いリハビリに初めて向き合いまた復帰した。芳醇なキャリアを取材してきたが、引退すれば「さん」と表記する。現役「岩清水」に話を聞けるのはこれが最後だと思うととても寂しい。

岩清水梓(Photo: Kaori Yoneda)

最後まで「紙一重」のサッカー人生

――ではイワシ最後に……自分の現役生活を振り返ってどんなキャリアだったと表現しますか? 一言でなくても構いません。

 大ベテランはピッチだけではなくこんな場面でも力を100発揮する。相手の意図をディフェンスと同じく読み取りどんな質問も的確にかわす。

 「紙一重のサッカー人生だったかな」

 4月27日に引退が発表されると、自身も想像しなかった数と内容の反響をベレーザだけではなく、多くのファンから受け取った。

 ほとんどが11年W杯ドイツ大会の決勝、アメリカ戦の延長後半のレッドカードについてだったという。1点を失うか、自分が退場覚悟で相手の足下に飛び込んで1点を防ぐか。まさに紙一重の判断による「魂のレッドカード」が結果的に日本の勝利につながった。

 出産後の身体の大きな変化と育児の大変さに、秘かに復帰を断念しかけた瞬間もある。前例がほぼない「ママフットボーラー」に復帰したのも自身にしか分からない紙一重の決断だったのだろう。

 岩清水にとってベレーザで実に27冠目のタイトルとなったクラシエ杯(4月29日)も紙一重によって初のカップを掲げ、キャリアの最終戦(5月16日)にも紙一重が待っていた。サッカーの神様からの「はなむけ」であるかのように。

Photo: ©TOKYO VERDY

15年経っても語られる理由——“魂のレッドカード”の真実

――引退を発表しどんな気持ちでしたか? 寂しい?それともやり切ったのだからむしろ爽快?

 「寂しさとか爽快感より、驚いた、が一番ふさわしい感情でしたね。引退を発表して皆さんからいただいた反響に驚いています。現役をここまで続けたけれど、自分のプレーを自分自身で評価したり、自分がどういうサッカー選手なのかなど客観的に考えたりする機会ってあまりありませんよね。W杯で退場したレッドカードの話や、小柄なCBとしてのテクニックだとか、子どもたちへの良い影響とか……キャリアの最後の最後に、岩清水梓ってどんなサッカー選手だったのかを客観的に教えてもらった気がします。何だかご褒美みたいな不思議な感覚ですよね」

――引退発表後のレッズ戦では、ライバルのサポーターにもあいさつしたんですね。

 「埼スタで試合には負けましたが(5月10日、0-1)レッズサポーターには感謝を込めてあいさつをしたかったのでゴール裏に行きました。私は“緑の壁”として赤いレッズの攻撃を跳ね返す方でしたから、ありがとうやお疲れ様の声はうれしかったです。

 私たちはWEリーグになる前のなでしこリーグ、さらに前のLリーグからずっと、女子サッカーの歴史の中でしのぎを削ってきたライバルですし、レッズレディースの前のレイナス時代、みんなが大変だった時も知っています。だからレッズサポーターの拍手は本当にうれしかった」

――もう15年も前なのにW杯のレッドカードはいまだに皆さんの記憶に強く残っている。

 「お陰で岩清水といえばレッドカード、レッドカードといえば岩清水、というくらい私の代名詞になってしまいましたが、実は小1から始めたサッカーでレッドはあの1枚だけ。イエロー2枚もありませんので、よほどのインパクトだったんですね」

――いまだにあのシーンを見るとどこか息が詰まりそうになります。イワシが主審に何も抗議せずに退場した姿も、残ったみんなも抗議せずFKの壁をすぐに、丁寧に作っていたのも印象的です。

 「今回、私ももう1度あの場面を見返してみたんです」

――ご本人は自分のプレーだけを見返したりしないんですよね。

……

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WEリーグキャリアなでしこジャパン女子W杯岩清水梓日テレ・東京ヴェルディベレーザ浦和レッズレディース

Profile

増島 みどり

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年独立しスポーツライターに。98年フランスW杯日本代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞。「GK論」(講談社)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作多数。フランス大会から20年の18年、「6月の軌跡」の39人へのインタビューを再度行い「日本代表を生きる」(文芸春秋)を書いた。1988年ソウル大会から夏冬の五輪、W杯など数十カ国で取材を経験する。法政大スポーツ健康学部客員講師、スポーツコンプライアンス教育振興機構副代表も務める。Jリーグ30年の2023年6月、「キャプテン」を出版した。

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