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【footballista TALKレポート】27年の答え。「地方クラブの勝ち方」は設計できるのか――岡田明彦の思考

2026.04.13

footballista TALKレポート#1

「footballista TALK(フットボリスタ・トーク)」は、国内外のサッカーに精通する専門家を招き、特定のテーマをめぐって議論を深めていくトークイベントだ。その内容を要約したレポートを、WEB版として公開する。

第1回は、徳島での27年間の旅路を終え、現在はエージェント事務所『SARCLE(サークル)』で新たな一歩を踏み出した岡田明彦氏が登場。

27年。一人の男が一つのサッカークラブに捧げた時間としては、あまりに長く、濃密だ。2024年3月、徳島ヴォルティスの強化本部長を辞任した岡田氏。Jリーグ参入前の大塚製薬サッカー部時代からクラブスタッフとして支え続け、強化責任者としてリカルド・ロドリゲス監督を招聘し、2020シーズンには悲願のJ2初優勝と2度目のJ1昇格を成し遂げた。その去り際は、唐突で、そして静かだった。

予算規模で劣る地方クラブがいかにして「自分たちの色」を持ち、日本サッカー界に旋風を巻き起こしたのか。その「色」を維持し続けることの困難さとは何だったのか――。

前編では、「監督選びとクラブフィロソフィ」を軸に、その思想の根幹に迫った。

SWOT分析が導いた「自分たちの色」

 徳島が歩んできた道のりは、決して平坦ではなかった。Jリーグ参入当初からクラブに身を置いてきた岡田氏は、2005年から強化の責任を担う中で、地方クラブが直面する「冷酷な現実」と常に戦い続けてきた。

 「僕は2005年からずっと(強化部強化担当に)いて、いろんな課題が毎年ありました。その中で3年連続でJ2最下位だった時期、昇格したけどすぐに(J2へ)落ちた中で、本当に(選手が)来てくれなかったこともあった」

 地方の中小規模クラブ。限られた予算。普通に戦っていては、資金力のあるビッグクラブに勝てるはずがない。有力な選手を獲得することも難しい。そこで岡田氏が着手したのが、クラブの内部環境を冷徹に分析する「SWOT分析」だった。

 「選手に来てもらうために、『我々はこういうことをしていくんだ』という特徴や課題を抽出して、強みや弱み、機会だとか脅威を分析して、どの方向に行くのかを定め、特徴を出していこうと。それはお金、リーグ(という要素)だけじゃなくても、徳島に来てもらう仕組みを考えていかなければならなかった」

 「自分たちの色」をどこに定めるか。岡田氏が導き出した答えは、当時カウンター重視だったチームの「ボール保持(ポゼッション)型」への転換だった。そこには単にトレンドに乗りたいという感情論ではない、冷静な逆算のロジックがあった。

岡田明彦氏

なぜポゼッションだったのか――逆算されたスタイル転換

 岡田氏は「2011年当時のデータで言うと、J2で戦って上位に行ったチームがボール保持型で、J1でもすぐに上(の順位)へ行くことは、数字的に出ていた。ただ、そこは予算規模を見ても飛び抜けているクラブ。飛び抜けたクラブがそのようなことをするのは当然」とした上で、「予算がないからできないという葛藤はありましたが、やはり特徴を出していくという部分では、そういったところにトライしていこうと。何か優位性を得るためにリスクを抱えてトライしていかないと、いきなり予算規模が上がることは難しい。そういった魅力を作っていくことは必要だと思いました」と、ボール保持型のスタイル構築へと舵を切った。

 こうして、2017年のリカルド・ロドリゲス監督招聘へとつながる「徳島のアイデンティティ」の設計図が描かれた。それは、単に美しいサッカーを目指すという理想主義ではなく、生き残るために選択した極めて現実的な「生存戦略」だった。

……

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Profile

白谷 遼

2025年度まで縄手猟名義で活動。サッカー専門媒体『エル・ゴラッソ』で東京ヴェルディを担当。これまで日本代表、Jリーグ、大学・高校サッカーなど、プロアマ問わず幅広く活動している。小学校の頃に見たパク・チソン、イ・ヨンピョの活躍に感銘を受けて韓国サッカーにハマった埼玉県民。韓国サッカーに深い造詣があり、興味の守備範囲は広い。

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