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“諦めかけた男”がJFLからJ1へ這い上がるまで。フォファナ・マリック、水戸で切り拓いたサッカー人生

2026.03.19

水戸ホーリーホック昇竜伝#8

J2の中でも少ないクラブ予算ながら一歩一歩積み上げてきた水戸ホーリーホックは、エンブレムにも刻まれている水戸藩の家紋「三つ葉葵」を囲む竜のようにJ1の舞台へ昇ろうと夢見ている。困難な挑戦に立ち向かうピッチ内外の舞台裏を、クラブを愛する番記者・佐藤拓也が描き出す。

第8回は、幾度もキャリアの岐路で跳ね返されながらも、決して歩みを止めなかったCBフォファナ・マリックに迫る。JFLからJ3、そしてJ2を経て辿り着いたJ1の舞台。遠回りの末に掴んだ現在地。その裏側には、支えてくれた人々への思いと、消えかけた情熱を再び燃やした原体験がある。

日本代表監督が目を留めた“無名CB”

 明治安田生命J1百年構想リーグ第3節ジェフユナイテッド千葉戦後、視察に訪れていた森保一日本代表監督の囲み取材が行われた。W杯に向けて日本代表選手に対する質問がひと段落したのち、「水戸で印象に残った選手はいますか?」という質問が飛んだ。そこで森保監督が名前を挙げたのが、「フォファナ・マリック」だった。

 今季第2節町田戦でJ1デビューを飾ったフォファナ・マリックは、東京都町田市出身の25歳のCB。屈強なフィジカルとチーム屈指のスピードを持つ町田戦ではマッチアップしたエリキを流れの中で封じ込めて、評価を高めた。その後、翌節も先発出場を果たし、高い守備力を発揮した姿が森保監督の目に留まったのだった。

 「森保さんの言葉は半信半疑ですが、ありがたいです」

 マリックはいたって謙虚に、その言葉を受け止めた。

情熱を失った先にあった「働きながらのサッカー」

 苦難を乗り越えて、たどり着いたJ1の舞台。

 山梨学院大学時代、1年生からレギュラーとして活躍していたマリックには多くのJリーグチームが興味を抱き、4年時には多くの練習参加の打診が届いた。水戸もその1つであり、当時J2で現在J1に所属するチームに何度も練習参加して、キャンプにも帯同した。だが、卒業までJリーグクラブから正式なオファーは届くことはなく、サッカーをやめることも考えたという。

 そんなマリックのもとにJFLのFCティアモ枚方から獲得のオファーが届いた。だが、「その時点でサッカーに対して情熱は消えていて、気持ちは冷めていた」マリックはそこからJリーグに這い上がろうという意識はなく、「働きながらサッカーができればいいやぐらいの軽い気持ち」で枚方に行くことを決断したのだった。

 だが、枚方の地でマリックの意識は激変した。1年目の夏にプロ契約を交わし、クラブから給料をもらった時のことは忘れられないという。クラブから振り込まれたのはわずか数万円だったというが、「初めてサッカーでお金をもらえて、めちゃくちゃ嬉しかったんです。そこでもう一度サッカーに対する情熱に火がついた」(マリック)。

……

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Profile

佐藤 拓也

1977年生まれ。神奈川県出身茨城県在住のフリーライター。04年から水戸ホーリーホックを取材し続けている。『エル・ゴラッソ』で水戸を担当し、有料webサイト『デイリーホーリーホック』でメインライターを務める。

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