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4度目のW杯出場が絶たれたら引退か…ネイマール、最後の賭け

2026.01.17

サウダージの国からボア・ノイチ 〜芸術フットボールと現実の狭間で〜 #24

創造性豊かで美しいブラジルのフットボールに魅せられ、サンパウロへ渡って30年余り。多くの試合を観戦し、選手、監督にインタビューしてきた沢田啓明が、「王国」の今を伝える。

footballista誌から続くWEB月刊連載の第24回(通算202回)は、最後のセレソン出場から23カ月、12年ぶりのサントス帰還から1年……追い詰められた33歳の現状について。

 今月初め、ネイマールの代理人を務める父親が漏らした一言が、ブラジル国内で大きな波紋を呼んだ。

 昨年11月末、ネイマールが左膝を痛めてサントスのチームドクターから手術を勧められた際、「僕はもうこれで十分だよ」と吐露し、手術をせず引退することを示唆した、と明かしたのである。

 その際、父親は「まあ落ち着け。少し一緒に考えよう」ととりなしたそうだ。その後、ネイマールは気を取り直し、膝の痛みに耐えながら3試合プレーしてサントスのブラジル全国リーグ1部残留に貢献。12月22日に左膝半月板の関節鏡手術を行い、年末に満了する契約を2026年末まで延長した。そして「ありとあらゆる努力をして、ワールドカップ出場を目指す」と宣言したのである。

 この一連の動きは、現在ネイマールがどれほど追い詰められた状況にあるのか、また今後のキャリアにおける唯一の目標がW杯出場であることを示している。

 この数年は相次ぐ故障のため出場機会が激減し、体力的、さらには技術的な低下が著しい。ピッチ内での活躍よりも、女性関係などピッチ外のニュースが報じられることの方が多かった。

 それでも、彼が2010年以降、ブラジルが生んだ最高のタレントだったのは間違いない。一体、ネイマールはブラジルの、そして世界のフットボールにおいてどのような存在だったのだろうか。

今思えば“MSN”時代がピークだった

 1992年2月、サントス郊外で生まれた。父親は国内の中小クラブで10年余りプレーした元プロ選手だったが、決して裕福な家庭ではなかった。

……

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Profile

沢田 啓明

1986年ワールドカップ・メキシコ大会を現地でフル観戦し、人生観が変わる。ブラジルのフットボールに魅せられて1986年末にサンパウロへ渡り、以来、ブラジルと南米のフットボールを見続けている。著書に『マラカナンの悲劇』(新潮社)、『情熱のブラジルサッカー』(平凡社新書)など。

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