SPECIAL

「ボールサイズは本質ではない」――ディファレンシャル・ラーニングの父からサッカー界への提言

2023.03.19

ボルフガング・ショルホーン(マインツ大学教授)インタビュー

パコ・セイルーロやトーマス・トゥヘルのトレーニングに着想を与えた運動学習理論ディファレンシャル・ラーニング。その父であるボルフガング・ショルホーン教授との対話から考案の背景と思想の真髄に迫ってみよう(取材日:2022年1月)。

※『フットボリスタ第89号』より掲載。

機密の理論が欧州サッカー界に広まるまで

「トゥヘルからスプリントテストの依頼が来て…」


──先生はトーマス・トゥヘルの師としてサッカー界では知られていますが、選手としてはボブスレー、指導者としては陸上競技を中心に活動されていたそうですね。そもそもサッカー界と繋がりを持ったきっかけは何ですか?

 「現在私が教授を務めているマインツ大学ではバルセロナ大学と提携契約を結んでいてね。1999 年頃だったかな。講義を行うためバルセロナに滞在していた時、知り合いを通じてFCバルセロナで働いているというコンディショニングコーチと出会ったんだ。柔道やダウンヒルスキーを指導しつつ、サッカーチームに加えてハンドボールチームやバスケットボールチームのコンディションコーチも務めている指導者で、話を聞いてみると彼は競技の枠を超えた幅広い知識と経験を持っていた。私もボブスレー、十種競技、空手の選手経験、短距離走と十種競技の指導経験があったから、すぐさま話が盛り上がったよ。さっそく意気投合すると、彼からカンプノウでのトレーニングに招待されたんだ。そこでさらに議論を深め、様々な意見を交換した。以来、ほぼ毎年彼と交流している。そうして世界一有名なサッカークラブ、バルセロナと繋がりを持ったんだ」


──そのコンディショニングコーチというのはもしかして……。

 「そう。そのコンディショニングコーチこそバルセロナの礎を築き上げ、(ペップ・)グアルディオラも師事していたパコ・セイルーロだ。彼は私の理論『ディファレンシャル・ラーニング』を気に入ってくれて、当時からトップチームだけでなく下部組織のラ・マシアにも導入していた。少年時代の( リオネル・)メッシにも会ったことがある。彼は幼い頃からセイルーロの指導を受けていて、そこにもディファレンシャル・ラーニングが取り入れられていた。ただ、このことは口止めされていてね。ハイパフォーマンススポーツ界隈ではよくあることだが、方法論は機密中の機密なんだ。競合相手に知られるわけにはいかないからね」

──ただ、今はすでに公然の秘密となりつつありますよね。だから私も今回、先生までたどり着いて取材させていただいているわけですが……。

 「きっかけは( トーマス・)トゥヘルだった。2009 年にマインツの監督に就任した彼から私のもとへ、選手のスプリントを向上させるためのテストがしたいという依頼が来てね。それが終わった後、彼に声をかけてみたんだ。『いいテスト結果が出たね。でも、やり方次第ではもっと向上させられるよ』と。すると、トゥヘルは驚いた顔をして『本当ですか?』と問い返してきた。それがきっかけで彼へのコンサルティングを始めることになり、ディファレンシャル・ラーニングを紹介したんだ。技術や戦術のトレーニングに応用できる可能性も教えたよ。ところが、始まって2日後のことだった。『もう大丈夫です。お世話になりました』と告げられ、突然コンサルティングを打ち切られてしまってね(苦笑)。それ以来連絡を取っていないが、当時大学で教えていた学生の中にはマインツユースの指導者もいたんだ。彼から『トップチームの練習内容が変なんです。まさか、先生の仕業ですか?』と聞かれたりもしたが(笑)、2日間コンサルティングをしたという事実以外は口を割らないよう気をつけていたよ。そういう約束だったからね。

 そして(2011年に)マインツがバルセロナでトレーニングキャンプを行っていた時に、トゥヘルのトレーニングが現地で話題になった。そこで受けた取材で彼は『いくつかのアイディアは、ディファレンシャル・ラーニングに触発されて生まれた』と認め、ある記者がその理論背景がグアルディオラと共通していることを突き止めたんだ。そうしたら私のもとへマスコミが殺到した。フランス、ポルトガル、イングランドの媒体で私のインタビューが掲載され、私たちの講習会にはフィンランドにポーランド、クロアチアのサッカー指導者も参加するようになった。そうして欧州サッカー界に知れ渡ったというわけだね」

2011年1月にカンプノウの練習場でトレーニングキャンプを行っていたトゥヘル率いるマインツ(写真)。そこでの指導法が注目を浴び、謎に包まれていた理論のベールがはがされていった

──そうして有名になったディファレンシャル・ラーニングの代表例としてメディアの間でよく挙げられるのは、ミニボールの使用です。実際にトゥヘルもチェルシーの選手に、1号球のサッカーボールを蹴らせている様子が話題になりました。それは先生が授けたアイディアなのでしょうか?

 「よく聞かれる質問だが、それは誤解を招いている(苦笑)。確かにボールが変われば、知覚や運動が変わるのは間違いないよ。ただ、実はボールサイズを変えるのは何も特別なことではない。何十年も前から行われていて、それはディファレンシャル・ラーニングの一部分、それもほんのごく一部に過ぎないんだ。そうした様々な刺激に自分の体を適応させていく方法を身につける学習と大きな結びつきがあるのが、ディファレンシャル・ラーニングであることに間違いはないがね」


──つまり、どういうことでしょう? ディファレンシャル・ラーニングの定義について、ご説明いただけますか?
……

残り:6,104文字/全文:8,431文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

デイファレンシャル・ラーニングボルフガング・ショルホーン

Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

RANKING