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ストーミングの鍵?「オーガナイズド・カオス」

2019.12.23

TACTICAL FRONTIER

サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

 中盤での主導権争いが熾烈を極める現代フットボールにおいて、攻守の境目であるトランジション局面が注目を浴びるのは必然と考えるべきだろう。互いのチームがボールを奪おうとセカンドボールに群がれば、組織的に脆いエリアが生じる。一見「神のみぞ知る」ボールの行方を追い求めるように、密集したエリアでの奪い合いを続ける指揮官たちはさらなる「密集局面の研究」に着手しようとしている。ストーミングを突き詰めているラルフ・ラングニックもその1人だ。

 今回はフットボールの世界でも先進的な発想として扱われている、「オーガナイズド・カオス」という概念について考察してみよう。

「トランジション」がカオスを生む

 オーガナイズド・カオスを直訳すると「整備された混沌」となるが、相反する2つの概念の境目に存在する状態と考えるべきだろう。アカデミックの世界でも教育学や犯罪心理学の分野で使われることがある単語だが、フットボールの世界では若干意味合いが異なっている。それゆえに慎重な解釈が必要だ。

 この概念について考察していく中で、まず求められるのはフットボールにおける「カオス」の理解だ。ポルト大学のビトール・フラーデを中心とした戦術的ピリオダイゼーション学派が強調するように、フットボールは様々な要素が複雑に絡み合う「カオス(混沌とした状態)」から逃れられない。

 例えば2014年ブラジルW杯の決勝、マリオ・ゲッツェのゴールを思い出してみよう。英放送局『BBC』の解説はアルゼンチンのCBマルティン・デミチェリスがトーマス・ミュラーをマークしようとしたことで、ゲッツェにスペースが生まれたと指摘した。他にもエゼキエル・ガライのカバーが遅れたことを指摘する識者もいた。指揮官レーブの交代策や、その少し前に決定機を逃してしまったロドリゴ・パラシオに注目したメディアもあった。しかし、実際のところすべての要素が複雑に絡み合いながらゲッツェのゴールへと帰結している。ピッチ上におけるすべての動きが選手のポジショニングに影響を与え、10mのパスでさえ複数の選手を動かすことになる。それがフットボールという競技だ。

ゲッツェが所属するドルトムントの公式Twitterアカウントが投稿した、2014年W杯決勝のゴールシーン動画

 今回扱うのはフットボールの特性上の「広義のカオス」ではなく、局面における「狭義のカオス」だ。攻撃と守備の局面ではある程度デザインされた位置取りになっており、このようなカオスはトランジションの局面で発生しやすい。攻めから守りに移るチームは位置的なバランスを崩しており、守りから攻めに移るチームも個々の判断や動きに依存する。そうなってくると、特に攻守が一瞬で切り替わる中盤はカオスに陥りやすい。

 ビルドアップ時のシステムの可変が多くのクラブにとって必修になりつつあることも、ネガティブトランジション時にカオスを生み出す要因となっている。攻撃ではエリア周辺に進出し、守備では自陣に戻らなければならない選手たちが個々の判断で動くことで、中盤には予測が難しい状況が生まれる。ユルゲン・クロップが「システムにおけるポジションの価値は、自らの守るべきスペースを認識することでしかない。ゲーム中のポジションは流動的であり、それを理解する必要がある」と述べたように、多くの指揮官がコントロール困難な局面の掌握に挑んでいる。

「フラクタル」と2種類の「意識づけ」

「相似形」を意味するフラクタルは、前述した戦術的ピリオダイゼーション学派でも重要視される概念だ。カオス的な状況を繰り返すチームにおいて、例えば「三角形」や「ひし形」といった位置関係を保つことはチームのバランスを保つことに繋がる。全体の位置が狂っている局面でも個々の選手に「図形」を意識させることによって、選手は味方を基準としてポジションを修正することが可能となる。ボールに一番近い選手が反射的に奪回を狙ってプレッシングを主導したタイミングで、連動した周りの選手が逃げ道を塞ぐように相手を囲い込むことが理想だ。

 ある程度の位置関係を保つには、攻撃時からの準備もポイントになる。ポジショナルプレーの信奉者として知られるオスカル・カノ・モレノが「攻撃の局面で、我われは未来における守備の局面を作り出している」と表現しているように、バルセロナやマンチェスター・シティは予備的なポジショニングを整えることでスムーズに相手を袋小路に追い込んでいく。彼らの理想形はボールを保持する時間を長くすることで相手を疲弊させ、相手にボールが渡った局面では攻撃を繰り返しやすい「狭いエリア」で回収することだ。予備的なポジショニングによる数秒後の未来をイメージしながらのプレーも「意識づけ」の一種だが、ドイツではトランジションを重視する多くの指揮官が失ったボールを短時間で回収することを目指す「5秒ルール」のような意識づけを好む。これは思考を削ぎ落すように本能的にボールを奪い返そうとする「反射」を徹底することで、カオスを積極的に利用するアプローチだ。

嵐で遭難した時に求められる「灯台」

 激しい中盤での主導権争いを得意とするリバプールは、前線からのゲーゲンプレッシングを仕掛けることで相手のバランスを崩壊させるアプローチを好む。彼らは統率された獣の群れを想起させるような動きで迅速にボールに群がり、ショートカウンターという牙を獲物の喉元に突き刺す。荒れ狂う嵐のような中盤の激しい動きは相手のバランスを崩す一方で、自分たちの位置関係も曖昧にしてしまう。だからこそ、クロップの右腕ペップ・ラインダースはファビーニョに全幅の信頼を寄せている。

 「オーガナイズド・カオスを我われは求めており、好んでいる。そのような状況において、ファビーニョは灯台のような存在だ。彼は混沌をコントロールする」

 ファビーニョはリバプールを新たなる次元に導いた存在と言える。彼の特異性は「中盤のカオス的局面において、攻守両面でチームの基準点となれる」点にある。守備面では「チーム全体が前向きのベクトルでボール奪取を狙うスイッチ」として機能。ファビーニョは主に中盤の底で守備を支えているが、ブスケッツのように要所となるスペースを消すタイプではない。彼はゾーンディフェンスをベースにした位置を守りながら、トップスピードで相手を襲撃することでセカンドボールを回収する。ファビーニョは「ゾーンからマンツーマンに切り替える判断」の精度が抜群に高く、彼の動きを基準としたチームメイトはカオスな局面でもチーム全体が取り囲む「獲物」を定めやすい。密集地で競り負けないフィジカルも魅力で、相手の攻撃の芽を確実に摘み取る。

 逆に攻撃の局面では、奪ったボールを迅速に味方に繋げる判断能力と精度が高く評価されている。ボールを奪った局面から両翼に散らすような技術に長けるファビーニョは、カオスな局面で回収したボールを守る役割も担っている。

 プレッシングにおいて「基準」となる灯台はファビーニョだけではなく、ミランやオランダ代表でプレーした晩年のナイジェル・デ・ヨンクも、ゾーンとマンツーマンの守備を状況に応じて使い分け、チームの守備組織を統率していた。トッテナムでは中盤でのプレッシングを支えた存在として、ベルギー代表のムサ・デンベレが記憶に新しい。激しいプレスでボールを奪いながら「持ち運ぶ」能力の高さを生かして「ボール保有権の確保」が可能なMFは、カオス局面における打開を生業としていた。彼が去ったチームではムサ・シソコが推進力を生かして攻守に躍動しており、昨季CL決勝へとチームを導いたマウリシオ・ポチェッティーノにとって外せないカードとなっていた。数的優位を作り出そうとするアヤックスを崩壊させたCLでの印象的なパフォーマンスは「オーガナイズド・カオスへの適応力」を示していた。

抜群の推進力を誇るムサ・シソコ。新たにチームを指揮するモウリーニョの下でも重用されている

 現代フットボールにおいて、「カオスのコントロール」は重要な命題だ。90分のゲームで無数に存在する互いのバランスが崩れた局面を制することは、勝敗に直結する。格上のチームは絶対的な主導権を得ることを目指して「オーガナイズド・カオス」に着目し、格下のチームは相手チームのバランスが崩れることで隙が生まれやすい局面として「オーガナイズド・カオス」に勝機を見出している。ピッチでプレーする選手たちには従来と比べても「反射的なプレー」が求められるようになっていくだろう。2018-19CL決勝カード(リバプール対トッテナム)は、カオスを制するチームが結果を残す未来を示唆しているのかもしれない。


Photos: Getty Images

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リバプール戦術

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。