SPECIAL

RBライプツィヒで指導する23歳。荒岡修帆が目指すのは「伴奏者」

2019.12.19

今季から知将ユリアン・ナーゲルスマンを新指揮官に迎え、ブンデスリーガではバイエルンドルトムントを上回り首位に立つRBライプツィヒ。その独自の補強戦略プレッシング戦術に脚光が当たってはいるものの、いまだ謎めいた部分が多い。しかし今、そんな新興クラブの懐に飛び込んでいる日本人がいる。ライプツィヒ大学に通いながらRBライプツィヒの下部組織で指導する荒岡修帆氏だ。23歳の若武者に、ドイツへ渡った理由からクラブの育成哲学まで幅広く語ってもらった。

目的地はフィジカルコーチ


――まずは指導者の道へ進まれた理由からうかがってもよろしいですか?

 「僕はサッカーの指導者ではなく、フィジカルコーチなどの身体を専門とする指導者として働きたいと思っているんです。でも、ドイツにおけるトップリーグであるブンデスリーガのクラブでフィジカルコーチとして働くには、サッカーそのものの理解も必要になる。なので、サッカーのことを学ぶために指導者としての経験を積むことにしました。だから今も、どうすれば目の前の選手たちがケガを予防できるのか、どうすればパフォーマンスを向上させることができるのか考えながらサッカーの指導をしています」


――フィジカルコーチを目指すきっかけは何だったのでしょう?

 「小学生の頃からサッカーをしていたんですけどケガがちで、中学生の時に約半年間のドクターストップがかかってしまいました。そこで初めて理学療法士さんの指導の下でしっかりとリハビリをしたんですけど、『体ってこんなにも変わるんだ』と驚きを感じて。それがきっかけでトレーニングやケアに興味を抱きはじめました。高校生の時はチーム専属のトレーナーさんが週に1回しか練習に来ることができなかったので、気づいたら自分が代わりに他の選手に対してテーピングを巻いたりトレーニングの指導をしたりしていて。その延長線上として、日本では大学の理学療法学科に進みました」


――日本の大学でも勉強されていたんですね。さらに理学療法学を勉強するためにドイツへ渡られたのでしょうか?

 「今、専攻しているのはスポーツ科学なんです。理学療法士は基本的に選手がケガをした後の専門家ですが、僕はケガをしていない選手の予防やパフォーマンスの向上に興味があったので、肩書きとしてはフィジカルコーチ、専攻としてはスポーツ科学の方が適しているんじゃないかと思って。そこでスポーツ科学の歴史と伝統がある国を探して、その中で学費が安く卒業後も働きやすそうだったドイツを選びました」


――ドイツ国内にはスポーツ科学で名高い大学がいくつもあるので様々な選択肢があったと思いますが、その中でライプツィヒ大学を選ばれたのはなぜでしょう?

 「戦後、ドイツって東西に分かれてたじゃないですか。五輪でも西ドイツと東ドイツに分かれて出場してたんですけど、より人口の少ない東ドイツが金メダルを数多く獲得していて、参加した多くの大会でソ連に次ぐ第2位の金メダル獲得数を誇っていました。まあドーピングの歴史の方が有名かもしれませんが(苦笑)。その東ドイツにおける研究の中心地がライプツィヒだったんです。実はブンデスリーガの前身であるドイツ選手権の初代王者もライプツィヒのクラブだったりします」


――ドイツ選手権の歴史は初めて知りました。ライプツィヒでは昔からスポーツ科学の研究が盛んだったんですね。

 「西ドイツではケルンが中心になっていましたが、今ではもう日本でも有名な留学先。ライプツィヒの情報はあまり目にしなかったので、新しい発見がありそうだなと。あと大きかったのはRBライプツィヒの存在ですね。クラブとしての成長過程にあったことはもちろん、(ラルフ・)ラングニックが来た後に育成に定評があるシュツットガルトから育成ディレクターを2人も引き抜いたりしていて。施設にもしっかり投資しているようだったので、育成についての勉強もできそうなライプツィヒにしました」

RBライプツィヒで12-13シーズンから18-19シーズンまでの7季にわたってスポーツディレクターを務めたラングニック。うち2季は兼任監督としてチームを指揮した

「考える力」を養うドイツの教育


――スポーツ科学科ではどんなことを学ばれているのでしょうか?

 「スポーツに関わる基礎教養すべてです。スポーツ経営、スポーツ哲学、スポーツ史なども学んでいます」


――実際に受けてみて、ドイツの教育はいかがでしょう?

 「もちろん根拠は提示しないといけないですけど、それよりも『考える力を養う』という目的がドイツの教育にはある気がしていて。例えば日本だと、どの理論が正しいか教えてくれますけど、ドイツではいくつかの理論を紹介してそれぞれの長所と短所を教えてくれる。その上で状況を与えて、どのようにするのがいいかを決めさせる。だから、いろんな可能性がある中で状況を想定して何をどうやって使うのか自分で考えなければならない。そうやって考える力を養っている印象です」


――そうして学んだ理論を実践する機会もあるんですか?

 「10種目以上の競技を通じてトレーニング学、バイオメカニクススポーツ医学などの理論を実践しています」


――10種目もやるんですか。

 「スキーもその一つで、11泊12日で合宿させられました。旅行でもそんなに泊まったことがないのに(苦笑)。その中で専門的にやる種目を絞っていく形です」


――それは長い合宿でしたね(笑)。自分に合った競技を見つけるのが目的なのでしょうか?

 「僕は他にも理由があると思っていて。例えば指導者って、その競技が好きだから指導するわけじゃないですか。僕もサッカーが好きだから、長く続けられたし指導するようにもなった。でもそれだと、できない人の気持ちがわからない。だから、10種目以上もの競技をやるんだと思います。好きでもない競技をやりながら、自分で弱点を分析して改善する。指導者としてそのプロセスを身をもって理解するために他のスポーツをやっているのかなと」


――他の競技からサッカーに生かせる要素を発見することもありそうです。

 「今やっているハンドボールは、フットサルの次にサッカーと似ている競技だと思ってますけど、違うところからも学べますよね。一つは、ボールを手で扱えること。足よりも正確にボールを扱えるので戦術がさらに綿密です。そして個人技術においても、ボールを持ったら3歩しか歩けないことから、ボールを受ける前の動きや体の向きがすごく大事。1対1の場面でもどういう角度やスピードでボールを受けて、その瞬間にどんなフェイントを入れるのか考えなければいけないのがハンドボールですが、サッカーでは歩数の制限がないので細かく見ていく必要がない。1歩間違えても次の1歩で誤魔化せてしまう。でも、そういう正確性を求めるトレーニングはサッカーにも応用可能かなって感じています」

ハンドボール大国としても知られるドイツ。同国のハンドボール・ブンデスリーガは世界屈指のリーグの1つに数えられている


――共通点でなく相違点からも学びを見つけていると。欧州の大学では地元のサッカークラブにインターンする機会があったりするそうですが、ライプツィヒ大学はどうなんでしょうか?

 「僕の場合は2回インターンする必要があって。うち一つは見学ですが、もう一つは実践。だから、地域のクラブにお願いしないといけないです。日本だと提携を結んでるクラブがあるようですが、ドイツでは自分で見つける必要がある。ただ、地域のクラブもその事情をわかっているので、受け入れてくれることが多いようです。クラブによっては卒業研究のためのデータやアンケートも取らせてくれます」

「選手と一緒に可能性を育みたい」


――ということは、現在RBライプツィヒで働かれているのもインターンがきっかけだったんですか?

 「いや、インターンとは関係なく大学の先生に紹介してもらい、見学から始まりました。そこから少しずつ手伝うようになって。それでインターン生として受け入れてもらって、今はU-9(9歳以下)の指導をしています。日本でいう小学2、3年生ですね」


――RBライプツィヒと言えば素早いトランジションが特徴的です。それは小学生年代でも共有されているのでしょうか?

 「どの年代の指導者にも共有されています。あとは『ボールを失ったら5秒以内に奪い返す』『ボールを持ったら10秒以内にシュートへ持ち込む』といったゲームモデルを基に、それぞれの指導者がその年代に合ったトレーニングをしていて。個人戦術からグループ戦術に入って、チーム戦術に入っていくという流れの中でそのゲームモデルを落とし込んでいます」


――具体的にはどんな指導をしているんですか?

 「僕が担当している年代では『冒険心』『勇敢さ』『ボール保持欲』『アクション』といったキーワードをもとに基礎となる考え方を小さい時から身につけさせます。もちろん個人技術やコーディネーションなども大切ですが、そういうことはどちらかと言えば後からでも修正しやすいので。でも、臆病な性格が勇敢な性格に変わることは滅多にありませんよね。だから、例えば3対3でも『攻撃時は後ろに残らないですぐにボールを奪い返せる位置へポジションを取る』ことを意識させたりもしています」

素早いトランジションはRBライプツィヒの代名詞。今季はナーゲルスマンの下でポゼッションとの融合に挑戦している


――RBライプツィヒのゲームモデルを実践するには考え方だけでなく考える速度も重要ですよね。そこを鍛えるためにフニーニョをやったりもしているのでしょうか?

 「RBライプツィヒも去年ザクセン州のサッカー連盟と協力して(マティアス・)ロッホマン教授を講師に呼んで講習会をしていて。それから練習によく取り入れるようになりました。今はドイツ全土で見られるようですね」


――ロッホマン教授のお話も聞かれているんですね。私もインタビューする機会があったのですが、いろいろ考えさせられました。

 「ロッホマン教授の言う『実行』はドリル形式の練習に当たると思うんですけど、ドイツの子供たちはすぐ飽きてしまうこともあって、そもそも認知や判断の要素が含まれるゲーム形式のトレーニングが多いです。そんなドイツでも『実行の指導が多過ぎる』と言っていたので、いろいろと考えさせられますよね」


――日本の子供たちはドリル形式の練習でもあまり飽きる様子を見せない印象ですね。

 「日本の子供たちも少しだけ指導したことがありますが、ドイツの子供たちはより正直で自由。日本の子供たちは指示を出せば聞いてくれますが、ドイツの子供たちはまず耳を傾けてくれない。だから、ワンタッチしてパスみたいなドリル練習をやっちゃうと、ダイレクトでのパスなど自分のやりたいことをする子供が出てきちゃったり」


――その他にも違いがあったりするんですか?

 「あとは自分の意見をきちんと言うこと。『ここでどんなやり方があると思う?』って質問をすると、子供たちの半分くらいは手を挙げてくれる。しかも、自分の中で答えがまとまっていないのに手を挙げる子もいたりして(笑)。そもそも受けてきた教育が違うんだろうなと」


――そんな子供たちを指導する中で意識されていることはありますか?

 「人としての在り方ですね。いくらサッカーの知識があっても、人として気に入られないと聞いてくれないので。日本だと教える側と教わる側が強調されて先生と生徒みたいに上下関係ができてるから聞いてくれますが、ドイツではあくまでも人と人。対等な関係の中で、選手はどんどん疑問を投げかけてくるし、議論もよく起こります」


――ナーゲルスマンも「指導の30%は戦術で残りの70%は社交力だ」と言っていましたね。

ホッフェンハイム時代の教え子であるデミルバイと談笑するナーゲルスマン

 「だから何かを決めつけるのではなくて、まずは選手一人ひとりの特徴を分析した上で、コミュニケーションの取り方も含めてその選手に合った指導をして、一緒に可能性を育んでいく。答えはあくまでも子供たちが持ってるので、そうやって『選手の伴奏者』として歩んでいければいいなと思います」


――主奏は選手で、ともに可能性を奏でていくということですね。今後どんな道を歩まれるのか楽しみにしています!

Shuho ARAOKA
荒岡 修帆

1996年、東京都出身。幼少期からサッカーボールと戯れていたものの、度重なるケガなどによる無理がたたり中学生で半年に及ぶリハビリ生活を経験。そこで出会った理学療法士とのリハビリを経て、身体の変化を実感したことをきっかけに、高校卒業後は理学療法学科に進学。その関心はケガの予防やパフォーマンスの向上にも及び、2016年4月からスポーツ科学に定評あるドイツへ。現在はライプツィヒ大学でスポーツ科学を専攻する傍ら、RBライプツィヒのU-9チームで指導を行っている。Twitterアカウントは@a_shuho


Photos: Bongarts/Getty Images

TAG

RBライプツィヒ荒岡修帆

Profile

足立 真俊

1996年、岐阜県出身。生まれもっての“人見知り”を克服するためにアメリカにあるウィスコンシン州立大学でコミュニケーション学を専攻。学業の傍らで趣味として始めた翻訳活動がきっかけとなり、翻訳を通じたサッカーに関する情報発信を模索中。2019年5月、結局“人見知り”のままfootballista編集部の一員に。