SPECIAL

戦術的ピリオダイゼーション総論。ゲームモデル=「複雑系」への対応

2019.05.28

競技の枠を超え知見を交換するラグビー監督のエディー・ジョーンズとサッカー監督のロイ・ホジソン

TACTICAL FRONTIER


サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

 ラグビー日本代表を指揮したエディ・ジョーンズは、2014年に当時ミュンヘンに住んでいたペップ・グアルディオラを訪ねている。その際に意気投合したグアルディオラから「戦術的ピリオダイゼーションの導入」という着想を得た彼は、ラグビーの世界にも積極的にポルト大学のビトール・フラーデが発案した理論を採用していく。その後も独学で学び続けたジョーンズは、1人のスペイン人指導者にたどり着く。アルベルト・メンデス・ビジャヌエバ。彼はカタールが国家プロジェクトとして取り組むアスパイア・アカデミーのフィットネスコーチとして活躍しながら、学術誌に多くの論文を寄稿する研究者としての一面を兼ね備える戦術的ピリオダイゼーションの専門家だ。ジョーンズは2017年に「多くの文献を読み、アスパイア・アカデミーを訪問した。そこでアルベルト・メンデス・ビジャヌエバという名の聡明なスペイン人指導者が、戦術的ピリオダイゼーションの理解を助けてくれた」とコメントしている。今回は、そのビジャヌエバの論文を参考にしながら戦術的ピリオダイゼーションの根幹を考察してみたい。

 ちなみにビジャヌエバは、ポルト大学のビトール・フラーデから直接「戦術的ピリオダイゼーションの概念」を授けられた愛弟子ではない。しかし、フラーデの理論に心酔した彼は論文を読み漁り、多くの戦術的ピリオダイゼーション理論を信奉する指導者と接触。特に同じくスペイン出身のファン・ルイス・デルガド・ボルドナウとの議論は、理解を深めることに繋がっている。同時にアスパイア・アカデミーでも戦術的ピリオダイゼーションを導入したことで、実践的な知識も習得していくことになる。学術的な理論の解釈と、コーチングの現場での実践を融合させたことで、彼の評価は飛躍的に高まることになった。

「4局面×3次元」の再現

 フラーデが「フットボールを学術的に理解する」プロセスにおいて、「複雑系」が1つのキーワードになる。複雑系とは、複数の相互作用によって成り立つ「無秩序的」で「不安定」な状態を指す。11人の個が相互作用するチームはそれ自体が「不確定」であり、その状態でゲームという「予測不能な環境」に対応する必要がある。

 フットボールというゲームを「複雑系」と解釈すると、その無秩序な状況に対応する術が必要になる。戦術的ピリオダイゼーションは広範で難解な概念に思われやすいが、シンプルに考えれば「複雑系としてフットボールを理解した際に、一体何が必要なのか?」という問いに答えることを目指す理論だ。

 「複雑系」の中で、適切にプレーすることが可能な選手を育成するという命題に挑む中で、フラーデは「複雑なゲームに適応するには、単純なトレーニングでは不十分」という結論に至る。ポルト大学の教授としてフラーデの思想を吸収し、カルロス・ケイロスの腹心としても活躍した理論家ジョゼ・ギリェルメ・オリベイラは、ゲームの要素を4つ(ボール非保持/ポジティブトランジション/ボール保持/ネガティブトランジション)に分割した場合、どの局面にも存在する「3つの次元」について言及している。それが「技術」「心理状態」「戦術」だ。

 言葉通り、戦術的ピリオダイゼーションは「戦術」を「中核」だと考えている。その理由について、もう少し深掘りして考察してみよう。常に4つの局面が変化するゲームに対応するには、当然「技術」と「心理状態」は欠かせない。しかし、「局面に合わせた技術」を選択するには「戦術」が必要になってくる。揺れ動く試合の中でも、選手の技術と心理状態は大きく変わらない。だからこそ、戦術的ピリオダイゼーションの信奉者は「戦術」が選手の判断を切り替える鍵になると主張する。

 トレーニングにおいて「反復練習的なドリルトレーニング」が批判されるのも、彼らが「複雑系」の分割が不可能だと考えているからだ。「複雑系」としてのゲームに対応するには、「複雑系」としてのトレーニングによって選手を鍛える必要がある。彼らはゲームの4局面に近い状況を模倣的にトレーニンググラウンド上で再現することで、選手たちに「複雑に移り変わるゲームにおける対応力」を習得させようと目論むのだ。

 ボールを使わないランニングなどのフィジカルトレーニングを批判するのも、同様の理由だ。彼らはフィジカル的なトレーニングも、試合の中に組み込むべきだと信じている。ビジャヌエバは、そのようなトレーニングの一体化によって「フィットネスコーチとテクニカルコーチの境目は失われる」と予想する。複数の指導者によって構成されるチームが統合的にトレーニングをデザインし、ルイ・ファリアのように「スポーツ科学系の学位」と「UEFAのコーチングライセンス」の両方を保有する指導者がチームを束ねていくことになるのかもしれない。

ゲームの4局面と3次元(2007:オリベイラ氏の論文を参考に作成)

「思考の自動化」のための「プレーの標準化」

 戦術的ピリオダイゼーション理論の信奉者ジョゼ・モウリーニョは「組織を機能するためには、原則の組み合わせが重要になってくる。つまり、最も重要なのは定義されたゲームモデルを共有することだ」と語る。前述したように、選手個々に判断基準を与えるのが「戦術」であると仮定すれば、指導者は「組織的な指針」としての戦術を定めなければならない。しかし、戦術的ピリオダイゼーションにおける「戦術」の指し示す範囲は一般的に使われる「戦術」よりも圧倒的に広く、複雑だ。オリベイラが「試合の中で選手の意思を伴って起こることは、すべてが戦術だ」と述べているように、従来の単語では「組織的な指針」を表現することが難しい。そこで生み出されたのが「ゲームモデル」だ。DATA2で示したように、チームのゲームモデルは様々な要素に影響を受ける。単なる盤上の陣形に留まらず、広域を内包する概念なのだ。グアルディオラのゲームモデルはチキ・ベギリスタインを中心とした経営陣のサポートによって成り立っており、同時に育成組織のビジョンや補強方針がゲームモデルを支えている。

ゲームモデルに影響を与える要素(2012:ビジャヌエバの論文より抜粋)

 ゲームモデル自体は、様々な要素が絡み合う複雑なコンセプトだ。戦術的ピリオダイゼーション理論の信奉者は、DATA3のように「主原則」と「準原則(sub-principle)」、「準々原則(sub-sub-principle)」に分割することで、選手の理解を助ける。フラーデは「ゲームモデルは選手にとって『最初に頭に浮かぶもの』でなければならない」と主張している。

主原則/準原則/準々原則の一例(2012:ビジャヌエバの論文より抜粋)

 フラーデが重要視する「思考の自動化」を助けるには、「プレーの標準化」に取り組む必要がある。ゲームモデルに合わせた「プレーの標準化」が可能になれば、チームで方向性を共有した対応が可能になる。例えば「リトリートして守備を構築する」という意識を全員が共有したトレーニングを続けることで、「ボールを奪われたら帰陣する」ことを標準化・自動化できるようになる。戦術的ピリオダイゼーション理論が「期間(period)」という単語を含んでおり、長期的なトレーニングのサイクルを重要視することは「プレーの標準化には計画的なトレーニングが必要であること」を示唆している。

 しかし、ビジャヌエバが強調しているように「戦術的ピリオダイゼーションの目的は、選手をロボットのように扱うことではない」。明確なゲームモデルは不確定要素を取り除き、選手が創造性を発揮することを助けるのだ。11人の選手がゲームモデルを共有することで、複雑なゲームの中でも「連係を保つこと」が可能になる。数学者デイビッド・サンプターがバルセロナを「幾何学的には、トライアングルを形成しながら養分を移動させる粘菌に近い」と表現したように、ゲームモデルを高次元に昇華すれば「チームが1つの生命」のように機能していく。

 本稿で扱ったように、戦術的ピリオダイゼーションは「組織を機能させるプレー構造」から「トレーニング論」にわたる広域をカバーする概念だ。しかし、その根本には「フットボールというスポーツは、複雑系である」という解釈がある。ビジャヌエバの解釈と図解をベースに「戦術的ピリオダイゼーション」の中核を見直すことで、我われは深淵なるビトール・フラーデの思考に少しだけ近づけるのかもしれない。

Photo: Getty Images

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アスパイア・アカデミーアルベルト・メンデス・ビジャヌエバエディ・ジョーンズファン・ルイス・デルガド・ボルドナウ戦術

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。