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クロスボール戦術は死んだのか?

2018.05.25

TACTICAL FRONTIER


サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

 デイビッド・モイーズ率いるマンチェスター・ユナイテッドが、13-14シーズンのプレミアリーグ第25節フルアム戦で記録した「81本クロス」は各国メディアに大きく取り上げられた。アレックス・ファーガソンの代名詞でもあった中盤がフラットに並ぶ[4-4-2]を基本戦術として選択するチームが減り、縦に突破してクロスを狙うタイプのサイドアタッカーが絶滅危惧種になっていく中で、イングランドの伝統的な戦術としても知られているクロスボールは「時代遅れ」として扱われるようになっていく。

 日本代表を率いたヴァイッド・ハリルホジッチも、アルジェリア代表時代から両翼から仕掛けるカウンターを得意とする指揮官だったが、クロスボール戦術は本当に“非効率で時代遅れな攻撃方法”になってしまったのだろうか?


「弱者の武器」としてのクロスボール

 ネマニャ・マティッチやエンゴロ・カンテのような「ボールの狩人」が中央の守備を担当するチームが多いことを考慮すれば、得点に繋がる可能性が高いとはいっても中央からの攻撃は相手に食い止められやすい。ボールを回収してからのショートカウンターを「攻撃に移行する途中の脆弱な状態」で受けなければならないリスクを考えれば、弱小チームにとって中央突破を狙うのは簡単ではない。

 15-16シーズンのプレミアリーグを制したレスターでも、ジェイミー・バーディーは中央でボールを待つのではなく、両サイドに流れて長いボールを引き出す動きを得意としていた。彼らは1試合に70本近いロングボールを記録するチームとしても知られ、できる限りスペースでのスピード勝負に持ち込むことによって、相手の守備陣が崩れた状態で攻撃を完結させることを徹底。同時に両翼からのカウンターを中心とすることで、相手のカウンターを避けることにも成功する。

 また、SBに攻撃的な選手をそろえる傾向にある強豪チームを相手にする際、狙うべきは彼らが上がった裏のスペースとなる。サイド攻撃を仕掛けてクロスを送り込むパターンは、相手に奪われても即座にカウンターを浴びにくく、効率的にエリア内にボールを送り込むことが可能という点で優れている。

 ヘクター・ルイズ氏とポール・パワー氏を中心とするチームによる2017年の学術論文では、リバプールやマンチェスター・シティ、マンチェスター・ユナイテッドといった強豪チームはクロスの守備に弱点を抱えており、失点へと繋がる確率が高かったというデータが提示された。一方、興味深いことに中位~下位のチームはクロスボールからの失点率が比較的低かったのだ。強者の弱点を突く弱者の武器という観点でも、クロスボールという攻撃方法に価値を見出すことは可能なのかもしれない。


「クロスは無駄」データの落とし穴

 実際、欧州のトップリーグでクロスボールの回数が減少していることは確かな事実だ。10-11シーズンには平均で1試合に17.5本のクロスが送り込まれていたが、16-17シーズンには15本に減少。[4-4-2]が衰退する戦術的な潮流と同時並行的に、統計学者たちも「クロスは効果的ではない」という所論を補強するデータを次々に発表していく。有名な研究としては、統計学的に1点を決めるには「92本のセンタリングが必要」というものだ。さらに極端なものでは、チェコの経済学者ヤン・ベチェル氏の「クロスは得点を生む効果がないだけでなく、逆効果になる」という主張もあった。

 しかし、チェルシーのコンサルタントとして活躍したこともあるギャリー・ジェレイド氏によれば、「クロスの本数を減らすことで得点数が増える」というベチェル氏の主張には裏付けが存在しない。特に見逃されている重要なポイントとしてジェレイド氏が言及しているのは、「先制したチームはクロスの本数が減る傾向にあり、先制されたチームは増える傾向にある」という事実だ。当然、先制すれば守備的に戦うチームが多くなるのでクロス本数は減る。クロス本数が多くなっている傾向にあるのは「先に失点しているチーム」とも言える。ゆえに、クロス本数が多いチームを分析したベチェル氏の研究は「もともと得点力が劣るチーム」を分析しているだけに過ぎないという主張だ。

 ジェレイド氏は2017年に「クロスボールという芸術」というタイトルでOPTAに分析記事を寄稿しており、彼はクロスボールが始まる位置と終わる位置に着目した。端的に言えば「どのエリアからプレーヤーがクロスを蹴り込み、どのエリアで受け手になる選手が合わせるか」ということである。当然、極端なニアサイドに落ちる「弱過ぎる」クロスボールや極端なファーサイドに落ちる「強過ぎる」クロスボールは得点に繋がる可能性が著しく低い一方で、中央のエリアに送り込まれるクロスの成功率は高かった。また、ヘディングシュートは足でのそれと比べれば強烈なシュートになりにくいこともあり、ゴールまでの距離も重要と述べている。


クロスボールの4つのゾーン

※「クロスボールという芸術」より抜粋

 分析の結果として明確な差となったのは「ペナルティスポットを基準として、ゴール側のエリアに落ちるクロス」か否か。例えば、アーリークロスと呼ばれるゾーン1からのクロスボールを分析すると、ペナルティスポットよりも自陣寄りに落ちるクロスの成功率は0.2%。これがゴール側に落ちるクロスボールになると、成功率は3%にまで跳ね上がる。

 一般的なクロスのエリアであるゾーン2からのクロスボールでは自陣側が0.5%、ゴール側が2.5%。興味深いことに、ゴール側に落ちるクロスであれば「ブロックされやすいゾーン2からのクロスボール」よりも「ゾーン1からのアーリークロス」の方が高い成功率となっている。

 サイドの深い位置となるゾーン3からのクロスボールでは自陣側で0.4%、ゴール側で2.9%。エリア内に入り込むゾーン4になると、自陣側で3.6%、ゴール側では7.2%。受け手と出し手が近い位置を保てることに加え、グラウンダーでのクロスを足でシュートする形も含まれているので、成功率が跳ね上がっている。ドリブル突破を得意とし、このエリアに侵入できるワイドアタッカーは貴重な存在となるだろう。

 マンチェスター・シティのラヒーム・スターリングとレロイ・サネの両翼は、ゾーン4へと積極的に侵入することによってグラウンダーのクロスを送りやすい状況を作り出すことで、比較的身長の低い中央の選手を助けている。当然、ゾーン4に入り込める選手にはシュートという選択肢も生まれてくるので、リバプールのモハメド・サラーのように直接ゴールを決めてしまうこともできる。

 また、ゾーン4に切り込んだ場合「ゴール側であればファーサイド、自陣側であればニアサイド」を狙う方がゴールの確率が高まるとされている。ゴール側ではGKに当たる可能性があるので、ファーサイドに速いボールを送り込むフットサルの「ファー詰め」に近い形が効率的となり、自陣側への「マイナス方向の折り返し」の場合は距離が近いニアサイドを狙う方が成功率は高まる。

マンチェスター・シティのレロイ・サネ


クロス成功率20%超えの猛者たち

 正確なキックでピンポイントに浮き球を送り込める名手がいれば、クロスボールはさらに効果的な武器になる。爆発的なスピードで相手を置き去りにするドリブルと、内側に切り込みながらの折り返しを得意とするサネのクロス成功率は20%を超えており、極めて危険な攻撃パターンだ。アルバロ・モラタへのアシストを連発したチェルシーのアスピリクエタも、同様にクロス成功率が20%を上回る。トッテナムのクリスティアン・エリクセンやマンチェスター・シティのケビン・デ・ブルイネは純粋なサイドアタッカーではないが、サイドに流れた局面では高精度のクロスボールで好機を演出する。空中戦を得意とする長身ストライカーと組み合わせれば、高精度のクロスボールは得点に直結する。

 特に、ファーサイドで相手のSBに対する「質的優位性」を作り出せる長身ストライカーを当てる戦術は効果的で、トッテナムはチェルシー戦でデレ・アリをアスピリクエタと競り合わせることで好機を演出。ユベントスも同様にマンジュキッチをサイドMFとして起用することで相手SBを苦しめる。

 中に飛び込ませる枚数を増やせば、当然クロスの受け手が増えることで守備側の警戒を分散できる。トッテナムは、絶対的なエースとして君臨するハリー・ケインをオトリに複数のアタッカーをエリア内に浸入させる攻撃スタイルを好み、時には逆サイドからSBがエリア内に入り込むこともある。例えば、守備的MFはエリア内に飛び込んでくる選手を追って自軍のエリア内にまで戻るか、自分の持ち場となるゾーンを守るか、という判断を求められた時、躊躇(ちゅうちょ)してしまうことも少なくない。マンツーマンでエリア内をケアするべきか、自分の持ち場となるゾーンに入り込む他の選手を受け渡してマークするべきか、一瞬の迷いは失点に直結する。

 「時代遅れで単調な攻撃戦術」というイメージが付きまとうクロスボールだが、実際はいまだに重要な攻撃オプションであり続けている。両翼がクロスボールで相手守備陣を脅かすことができないと、アトレティコのような中盤圧縮型の4+4ゾーンを攻略することは難しく、ハーフスペースからの崩しも「外を警戒させること」で効果的な武器となる。相手のSBを外に誘き寄せる手段がなければ、CBとSBの間にスペースは生まれない。中央突破の研究がある程度の結論を導き出した時、戦略的に重要なカードとして再びクロスボール戦術を見直すべき時代が来るのかもしれない。


Photos: Getty Images

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クロスボール戦術

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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