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知られざる北中南米戦術トレンド④「プラネット・サークル」

2018.01.19

「中央の時代」に抗う守備の革命


今では世界中でスタンダードとして定着している4バックのゾーンディフェンスの発祥の地はブラジルという説がある。1930~50年代のサッカーはイングランドの名将ハーバート・チャップマンが発明したマンツーマンディフェンスを基本にしたWMシステムが支配していた。そこに一石を投じたのが、ペレを擁した50年代ブラジルの[4-2-4]システムだった。

グアルディオラがメキシコサッカーやビエルサの発想を取り入れたように、戦術のブレイクスルーは異文化との化学反応から生まれてきた。サッカー強国がひしめくアメリカ大陸には、まだ見ぬ“進化への種”が眠っている。

Planet Circle
from USA


 ボブ・ブラッドリーは、常に困難な道を突き進んできた。母国のアメリカ代表を率いた後、エジプト代表の指揮官へ転身。アフリカの雄の復権を目指したアメリカ人監督は、2011年のエジプト革命で混乱の極みにあったエジプトサッカーを照らす希望となる。

 W杯出場という悲願を果たすことはできなかったが、「エジプトにとってアメリカ大使館員よりも重要なアメリカ人」と称された男は、母国から遠く離れた地でも実力を発揮した。その後、ノルウェーのスターベクやフランス2部のル・アーブルといった欧州の中小クラブを渡り歩く。環境の変化に対応しながら実績を積み続けた男は、2016年10月にプレミアリーグのスワンジーへとステップアップ。悲願のトップリーグ挑戦は思い通りの結果にはならなかったが、プレミアリーグの歴史で初のアメリカ人指揮官として名を刻んだ。

 今回は、そんな知られざる名将が、世界の頂点に君臨していたスペイン代表を苦しめた「プラネット・サークル」という戦術について考察したい。

「アメリカサッカーの父」の後継者

 ブラッドリーはバージニア大学とDCユナイテッドで、元アメリカ代表監督ブルース・アリーナのアシスタントを務めていた。母国アメリカでは絶対的な存在として知られるアリーナは、「フォーメーションは初期配置に過ぎず、試合の中で流動的に変化していく」という現代的な思想をベースにしている。直近のW杯北中米カリブ海予選では、メキシコのポゼッション対策として[3-4-3]フォーメーションを採用。66歳という年齢でも進化を止めない「アメリカサッカーの父」は、ブラッドリーの偉大なる師だ。

 個人の能力をベースとした戦術の選択と、試合中の陣形変化を的確にコントロールする能力は師から受け継いだもので、スターベク時代にブラッドリーが選手のポジショニングを調整する練習を公開した際には、「一見乱雑な状態に見えても、完璧に個々の位置取りをコントロールしている」と絶賛されたものだ。

 ゾーンディフェンスを含めた守備戦術に対する深い知識は、イタリアを起源としているという。自他ともに認める「戦術マニア」は、プリンストン大学のサッカーチームを率いていた頃に1990年代のミランが得意としていた戦術をコピー。当時MFとして活躍していたジェシー・マーシュをデメトリオ・アルベルティーニの役割でプレーさせながら、守備の中心選手にはフランコ・バレージの動きを教え込んだというエピソードも残っている。

ブラッドリーのもとで活躍し、その後シカゴ・ファイアーやチーバスUSAでプレーしたジェシー・マーシュ現NYレッドブルズ監督

スペイン代表を苦しめた特異な戦術

 「プラネット・サークル」――実はこれはある日本のメディアがアメリカ代表の戦術を描写するために使用していた単語で、英語圏で使用されているわけではない。ヨーロッパで戦術アナリストとして活躍する庄司悟氏が「陣形が円のように見える」ことから名付けた「サークル・ディフェンス」を元にしたものだ。

 理論上は「選手の配置を2つの円として捉える」プラネット・サークルは、相手が中央を破ろうとすればするほどに円が小さくなり、相手の進入を阻む。これは、ある意味で「ピッチの横幅」という1つの基準をなくしてしまうものでもあった。この戦術が注目されたのは、2-0でのちの世界王者スペイン代表を撃破した09年のコンフェデ杯だった。GKティム・ハワードが「中央を徹底的に塞ぎ、外に追い込むことこそが、我われが仕込んだ『毒』だった」と述べているように、中央を塞ぐアメリカの選手たちは容赦なく縦パスを奪い取り、名手シャビからの供給路を断ち続けた。

 重要なのは「縦と横の幅を急激に圧縮することに成功した」という点だ。中盤4人を極端に圧縮することで、中央のスペースを消し去る。この圧縮によってスペインにとっての主戦場は、屈強なアメリカ人選手に囲まれる狭いスペースとなった。当然、スペインも手薄な外のスペースを使いながら、両サイドにボールを動かすことで守備を揺さぶろうとする。本来はその揺さぶりによって中盤が移動しなければならない場面が生まれ、組織的・個人的なミスが誘発されることになる。位置取りにミスが生じれば、狭いスペースで受けるスキルに長けたスペインのMF陣がゾーンの間に入り込む展開になっていたはずだ。しかし、アメリカの中盤は揺さぶられても徹底的に中央の密集を崩さない。スペインもサイドから何度となくセンタリングを放り込むが、空中戦はアメリカの土俵。高く宙を舞うボールは、屈強なCBに跳ね返される。スペインのストライカーを空中戦で抑え込めるCBのフィジカルと高さは、この戦術における基盤でもあった。

 アリーゴ・サッキは「味方・相手・ボール・スペースを基準点にすることで、守備時の動き方は決定される」と自らの守備システムについて説明したが、現代のゾーンディフェンスは「優先する基準点」によってバリエーションを生む。その観点から考えると、プラネット・サークルが重視しているのは「味方」と「相手」の位置取りだ。

 円形にポジションを取るためには、まず「味方」の位置を基準にしなければならない。加えて、「相手」の配置によって円の大きさが変わってくる。ボールが動いても中央を封じ続け、サイドのスペースは無視する。残りの2つの基準点(ボールとスペース)は、中央を封じるために捨てていたと言い換えてもいいだろう。

 ゾーンディフェンスにおいて、チームのコンパクトネスを保ちながら「特定のスペース」を消す1つの方法は「ゾーンディフェンスのルールに縛られないカード」を配置すること。[4-1-4-1]における中盤底のアンカーをイメージしてもらうのがわかりやすいかもしれない。バスケットボールのボックスワンのようにマンツーマンで相手のキーマンを抑え込む役割の選手を置くケースもある。デイビッド・モイーズはサンダーランド時代、コウチーニョ対策として本来CBのデナイヤーをマーカーに起用した。

 そうしたアンカーやマンマーカーといった「ゾーンディフェンス+α」の守備戦術を乗り越えたのが、バルセロナとスペイン代表だ。以降、「中央の時代」が到来することになる。0トップや3バックが「中盤のエリアで数的優位を作り出す」ために積極的に採用されるようになり、リオネル・メッシは前を向いてボールを受けられる「世界一危険なアタッカー」として君臨。中盤を増やして迎え撃つ3センターがマッシミリアーノ・アレグリによって「バルセロナ対策」の希望となったとはいえ、特効薬になったとは言いがたい。

さらに洗練される「中央密集型」

 そんな中で、ブラッドリーの試みは「サイドハーフはサイドを守るという常識」を覆した。2010年W杯でスペイン代表を破ったスイス代表監督のオットマー・ヒッツフェルトは、試合後に「ブラッドリーが率いたアメリカ代表を分析し、模倣したことが鍵となった」と語り、プラネット・サークルの優位性を示す好例となった。

 近年では、ディエゴ・シメオネが率いるアトレティコ・マドリーが、ブラッドリーの思想を彷彿とさせる中央密集型の[4-4-2]で強豪を苦しめている。興味深いことに、アトレティコ・マドリーの練習場ではピッチが「6つのレーン」に区切られ、外のスペースは広く空いており、中央にDFとMF4人分の守るべきスペースが示されている。ブラッドリーが思い描いた「4人のMFによって中央を塞ぐ守備」を選手に教え込むためのアイディアは、ピッチを区切ることによってさらに明確化されている。

シメオネのトレーニングはピッチを6つのレーンで区切って行われる

 プラネット・サークル自体は、体系化されて受け継がれている戦術とは言いがたい。しかし、抽出されたいくつかの要素は様々な戦術家の手によって守備戦術の革命へと繋がっている。アトレティコ・マドリーやレスターは[4-4-2]の圧縮によって強豪の攻撃を抑え込む方法論を示し、EURO2016で優勝したポルトガル代表は[4-1-3-2]から可変する[4-4-2](あるいは[4-5-1])で相手の中盤を抑え込んだ。

 ハーフスペースへの侵入を塞ぐ対策としても優れた「中央の密集」は今後も戦術家によって研究されるトピックであり続けるだろう。特にMLSではフィラデルフィア・ユニオンを率いる38歳のジム・カーティン、ニューヨーク・レッドブルズを指揮する44歳のジェシー・マーシュを筆頭に「ブラッドリー・ガイズ」と呼ばれる教え子たちも、指導者の道へと足を踏み入れているのだから。


Photos: Getty Images

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アメリカプラネット・サークル戦術

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。