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知られざる北中南米戦術トレンド③「タッチダウンパス」

2018.01.18

5トップを敵陣に送り込む中盤空洞化


今では世界中でスタンダードとして定着している4バックのゾーンディフェンスの発祥の地はブラジルという説がある。1930~50年代のサッカーはイングランドの名将ハーバート・チャップマンが発明したマンツーマンディフェンスを基本にしたWMシステムが支配していた。そこに一石を投じたのが、ペレを擁した50年代ブラジルの[4-2-4]システムだった。

グアルディオラがメキシコサッカーやビエルサの発想を取り入れたように、戦術のブレイクスルーは異文化との化学反応から生まれてきた。サッカー強国がひしめくアメリカ大陸には、まだ見ぬ“進化への種”が眠っている。

Touchdown Pass
from MEXICO


 3バックでの果敢な組み立てと、前線のアタッカーが連動しながら仕掛ける魅力的なフットボール。若き智将ユリアン・ナーゲルスマンが率いるホッフェンハイムは、一躍注目を浴びるチームとなった。興味深いことに、彼らのフットボールは根本的な構造が2014年W杯のメキシコ代表と共通している。ナーゲルスマンが意識的に彼らを参考にしたのか否かはわからないが、メキシコが生み出した戦術について今こそ再考すべき時なのかもしれない。

ベースは後方からの組み立て

 メキシコのフットボール文化の真髄は、組み立てにあるといっても過言ではない。中盤の底から守備的MFがCBの間に落ちてくるサリーダ・ラボルピアーナだけでなく、3バック時には両翼のCBと中盤が入れ替わるようなポジションチェンジを見せるなど、後ろからのパスワークでプレスを揺さぶるパターンが豊富で、丁寧にボールを運ぶ。ロンドン五輪ではA代表からも主力を呼び寄せたブラジルを決勝で破るなど、各年代で組織的なスタイルを共有していることも強みだ。

 2014年W杯は、メキシコ代表にとって順風満帆とは行かない大会だった。予選での結果に恵まれない中、ギリギリで滑り込んだ本大会で、指揮官ミゲル・エレーラは賭けに打って出る。後方での組み立て能力を保険としながら、中盤を高い位置へと押し上げたのだ。特に決勝トーナメントのオランダ戦が顕著で、5バックに近い形で待ち構えるオランダ相手に5人を前線に飛び込ませる形を採用。自陣を徹底的に埋めるオランダに対し、枚数を費やして攻め込むのは一見リスキーではあったが、実質的にはある程度のバランスが計算できる形で仕上がっていたことが、この戦術の特徴だった。

 難しい戦術の舵取り役を担ったのは、アメリカンフットボールの司令塔クォーターバックのように振る舞ったCBラファエル・マルケス。正確なロングキックを備えた「最後尾のパサー」の存在は、高さで劣るメキシコ代表のアタッカーでも勝負できるようなピンポイントのボール供給を可能にした。3バック+1枚でのビルドアップによって比較的安全な状態を保ちながら、詰まればマルケスからのロングボール。5枚のレシーバーが前線に流れ込むメキシコの攻撃に備えるために、オランダは前から潰しに出ることも難しい。また、トップのジオバニ・ドス・サントスが追い越してくるグアルダードやエクトル・エレーラの動きに連動して下がることでマークを外すなど、組織的にボールを受けられる選手を作り出す工夫も見られた。

「弱者の攻撃サッカー」の希望

 アンバランスに見える形でも、実はバランスを保てている。クォーターバックスタイルの強みは、そこにある。結局のところ前線に枚数をかけることによって、相手はそれに対応する目的で後ろに枚数をそろえなければならないからだ。ホッフェンハイムも同様にCBにケビン・フォクトを起用。長いボールを放り込む際には、センターハーフも受け手として高い位置へと走り込むことで相手の守備陣を惑わす。空中戦の的になれる長身FWバーグナーの存在は、メキシコ代表には存在しなかった重要なパターンだ(編注:今冬にバイエルンへ移籍)。

ホッフェンハイムで“クォーターバック”を担うケビン・フォクト

 このスタイルに対応するためのシンプルな方法は、ロングカウンターと個の優位性で押し切ること。オランダ代表とリバプールが、それぞれクォーターバックスタイルを破った方法でもある。オランダ代表はロッベン、リバプールはマネとサラーを中心に徹底的に個人のスピードを生かしてハイラインを突破し、容赦なく裏のスペースを攻略。オランダ代表が守備の枚数を費やしてメキシコの波状攻撃を潰した一方、リバプールはリスクを覚悟で攻め合いを選択したように、対策は一つではない。

 ドルトムントを率いたトーマス・トゥヘルは、アタッカーが多いことを逆手に取ったオフサイドトラップを採用。受け手は多いがクォーターバックが限られる戦術において、出し手からのパスを予測することでラインをコントロールする手段の存在を示した。少しずつ対策も発見されてきているとはいえ、レシーバーを増やすことでアタッカー個々の能力を補いながら、複数人で電撃戦を仕掛けるタッチダウンパス戦術は「弱者」が攻撃的なスタイルを志向する上での希望となり得る。


Photos: Getty Images

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タッチダウンパスメキシコ戦術

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。