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敗戦もゴールを狙い1点を奪った。その成功が子どもに明日を与える

2018.01.10

指導者・中野吉之伴の挑戦 第四回

ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。彼が指導しているのは、フライブルクから電車で20分ほど離れたアウゲンとバイラータールという町の混合チーム「SGアウゲン・バイラータール」だ。今季は、そこでU-15監督を務めている。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。

第三回「負け続きで思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!」に引き続き、第四回をお楽しみいただけたらと思う。

▼この前はいい試合をしたからあの調子でいこう。

 そうスムーズに事が運べばいいのだが、簡単にいかないのがサッカーだ。長いシーズン、どんなレベル、カテゴリーにおいても波は必ずある。地力の差だけが決定打とはならない。試合では様々な要素が影響を及ぼすし、調子・流れ・コンディションの良し悪しが存在する。

 サッカーは相手のあるスポーツだ。

 シーズンの中では、いろんなめぐり会わせが生まれる。自分たちの調子がどんなに良くても、相手の調子がそれ以上に良い時だってある。そうしたサッカーのメカニズムを理解し、地力のあるチームが普段の練習から淡々と取り組めているところは強い。調子が悪くても、リズムに乗れていなくても、コンディションが整ってなくても焦らずに対応することができれば簡単には負けないし、勝ち切ることができる。

 私が指導するチームにはそうしたしたたかさが足りない。

 地力で劣る自分たちが調子をつかめず、でも悪いなりのプレーができなければ、さすがにうまく試合を運ぶことはできない。前節、強豪相手に納得のいくプレーができたが、次節では試合開始直後からミスのオンパレードだった。いいと思えるプレーがほとんど見られないまま前半が終了。子どもたちはみな一様にがっかりしている。今日はちょっとアプローチを変えてみようと思い、ハーフタイムにいつもより鋭く叱責してみた。正直な心情を吐露すれば、多少なりともイライラしてしまったところもある。

 「これまで前半は良くて、後半悪いという試合が続いていた。だったら、今回は前半は悪かったけど、後半は良くなったという試合にするぞ。怖がるな! 見せかけの守備をするな! ポジションにいることでごまかすな! チャンスを探りながらボールを奪いにいけるようにトライしよう!」

 だが、何かがおかしい。

 確かに普段よりは、厳しい口調ではあった。子どもたちも私がいつもより怒っていることを感じてはいただろう。だとしても、反応があまりにぎこちない。普段だったら、気持ちの入った声が飛び交うはずなのに、選手はみんな暗い顔をしていた。

 まずいな。

 でも、試合は待ってくれない。結局後半、前半以上に崩れたチームは今シーズン最多失点で敗れた。前半からすでに自分たちの不調です気持ちが切れ、自滅してしまっていた。「それでも!」と思えるものがないと、子どもたちには何を言っても響かない。

 ただ嘆いていても、毎日は過ぎていく。

 試合翌日の月曜日には、また次の問題が起こった。頭の中が整理できないと、ルイスは練習を休んだ。そして、練習中のミニゲームでドリブル中にコントロールミスでボールを失ったキャプテンのペーターが突然叫びだした。

 「何やってもうまくいかないじゃないか! いつも一緒だ。いつも、いつも、いつも」

 日頃はチームを支えるペーターだっただけに、他の選手は驚いていた。気持ちはわかる。責任感の強い子だ。チームのために、いつでも全力でプレーしてくれていた。最後尾で時に2、3人を相手にすることがあっても、体を張った守りでチームを助けてくれていた。最適なプレーでやっと前線にパスを送ったのに、すぐに取られて攻められても仲間を励ます。そんな選手だった。

 がんばればうまくいくと信じているから努力ができる。でも、今はどんだけがんばっても一向にうまくいく気配がない。キャプテンだからといっても、すでに体格が私より大きくても、まだ14歳の少年だ。1人では背負いきれないものが出てきても不思議ではない。

▼私はそっとピッチ脇に連れていき、ゆっくりと話をした。

 たまっている不満を可能な限り吐き出させた。聞いているかはわからなくても自分の考えをとつとつと語った。しかし、こうした時にこそ必要なのは仲間の存在だ。私は練習後パトリックに声をかけた。

 「ペーター、そして、ルイスと話をしてみてくれないか」

 私の文句があっても構わない。自分自身へのふがいなさもあるかもしれない。3人で言いたいこと、言い合ってきてみてくれないか。口数は少なく、積極的に仲間とコミニュケーションを取るタイプではないが、誰よりも優しくて思慮深く、誰よりも負けず嫌いなパトリックは「わかったよ」とひと言、口を開いた。

 次の練習日、パトリックがペーターとルイスとともに駆け寄ってきた。

 「いっぱい話をしてきたよ。その中でも、僕らは他の選手の一生懸命さが足らないと思うところがある。練習中にふざけたりするのをやめてほしいと」

 ペーターとルイスは、私をジッと見つめ続けた。

 「わかった。3人の言う通りだ。私もメリハリをもっとしっかりつけれるように気を付ける。ただみんなでワイワイ楽しくやる時間も必要だ。そうでないとみんなの気持ちが追い込まれてしまうからね。だからそこは理解してほしい。ただふざけてやっているだけではないんだ。そうすることで一生懸命やるための準備をしているんだよ」

 その思いを受け止め、私が答えると、3人はゆっくりうなずいた。

 その日は緊張感とリラックスのバランスがとても良いトレーニングができた。シンプルな1対1、2対2、4対4形式の練習を多く取り入れ、ボール、そしてゴールへの純粋な意欲を大切にしようと試みた。

 ボールをめがけて弾けるようにダッシュを始める選手。

 奪われたボールを取り返そうとすぐに立ち上がり、駆け出す選手。

 1つのゴールに大きなガッツポーズが生まれ、悔しさに吠え出すシーンも見られた。とても生き生きとした時間。気がつくと笑顔になり、気がつくと声が出る瞬間。そこには紛れもなく、子どもたちの喜びがあふれていた。

 シーズン終盤に上位チームとの連戦というめぐり会わせも災いし、残念ながら次の試合も負けてしまった。だが、前節と大きく違う点は、最後までゴールを目指したところだ。後半、ペーターのポジションを1つ上げ、「1点でもいいから取りに行こう」とピッチに送った。選手はみんな勇敢に戦った。いつもは文句を言い出すルイスが「1点取るんだろ! 取れるんだろ、俺たちは!」と叫び、みんなにハッパをかけていた。

 終了5分前、パトリックのパスでフリーになったペーターが中盤から素晴らしいスルーパスを出すと、ゴール前でボールを受けたシュテファンが右足でシュート。追いすがるDFに当たって方向が変わったボールが、ゆっくりとゴールに流れていった。ルイスがシュテファンに飛びつき、みんなが集まり、喜びの輪ができた。私もベンチで大きなガッツポーズをした。

 たかが1点。

 でも、これは大きな1点だ。

 みんなで生み出した大きな、大きな1点だ。

 冬休み前のリーグ最終戦、私は仕事の都合で帯同できなかった。試合前のミーティングにだけは駆け付け、みんなに話をした。その後、すぐにブンデスリーガの取材へと向かわなければならなかったから。ロッカールームを出ようとする私を「ちょっと待って」とアシスタントコーチのトーマスが止めた。

 「みんな、今日の試合はキチのために戦うぞ!」

 大きな力強い声が選手たちから聞こえてきた。グッときた。それは彼らの生の叫びだと感じたからだ。離れていても、同じ思いで戦えると信じることができたからだ。試合後、トーマスから電話があった。

 「凄く良かったよ。みんなは本当にいいプレーをしたんだ。前半はうちの方が押していたし、後半も最初は五分五分だった」

 だけど、3位のチームを相手に負けてしまった。そこにはどうしても地力の差がある。それでも負け続けている状況の中で、それを感じさせないプレーをしたことは紛れもない大きな成功だ。

 ふと思い出した。

 あれは、まだ私が日本で指導者をしていた頃のことだ。ちっとも勝てないチームだった。小学生チームで3年間コーチと監督をしたが、何度試合をしてもまったく勝つことができない。練習試合でも負け続けていた。それでも、私たちはいつも前を向いてサッカーをしていた。

 そして、私の渡独前の最後の公式戦……。

 地元の強豪チームを相手に、何もかもがかみ合った素晴らしいサッカーを披露してくれた。相手にまったくチャンスを許さず、2-0の完勝だった。初めての歓喜はこれ以上ないタイミングで訪れ、あふれんばかりの幸せをもたらしてくれた。抱き合い、飛び上がり、いつまでも笑顔だった。試合後のグラウンドの感触を、今でも鮮明に覚えている。当時、キャプテンだった子が、後に後輩たちに伝えた言葉がある。

 「僕らは全然勝てなかったんだ。でも勝てなかったからこそ、僕らは1勝の重みと価値を誰よりも知ることができたんだ」

 そうなのだ。勝つことの素晴らしさを感じる機会が、私たちの目の前にはある。そこに立ち向かっていくことは、これ以上ないチャレンジではないか。

 ここから冬休みに入る。しっかり休み、心も体も癒す。そして、また新しい戦いを始めよう。シーズンは、まだまだこれからだ。

Photos: Kichinosuke Nakano, Jun Kinoshita
※今企画について、選手名は個人情報保護のため、すべて仮名です


■シリーズ「指導者・中野吉之伴の挑戦」
第一回開幕に向け、ドイツの監督はプレシーズンに何を指導する?
第二回狂った歯車を好転させるために指導者はどう手立てを打つのか
第三回負けが続き思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!
第四回敗戦もゴールを狙い1点を奪った。その成功が子どもに明日を与える
第五回子供の成長に「休み」は不可欠。まさかの事態、でも譲れないもの

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ドイツ育成

Profile

中野 吉之伴

1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。