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リーグ5連勝の広島が乗り越えるべき「成功率問題」。圧倒的なシュート数をどうゴールに変換するか?

2023.04.18

ミヒャエル・スキッベ体制2年目のサンフレッチェ広島は1分2敗とスタートダッシュに失敗したものの、直近のリーグ戦5連勝と絶好調だ。しかし、クラブを追い続ける中野和也は「勝てなかった過去」と「勝ち続ける現在」の差は紙一重で、このチームは昨季から同じ問題を抱え続けているという。それはリーグ1位の121本(平均15.1本)というシュート数を、いかに効率的にゴールに変換するかだ。

 開幕前から、広島の懸念材料はたった1つだけだと思っていた。

 どうやってチャンスを決めるか。どうやって、ゴールネットを揺らすのか。

 このシンプルな設問に対する答えを探し続けることが、広島の課題だった。

シンプルに整理されている「攻撃的」なサッカー

 ミヒャエル・スキッベ監督がやっていることは、サッカーというシンプルで複雑なスポーツをできるだけわかりやすく整理し、選手や見ている側に提示し続けることに他ならないと、筆者は考えている。

 サッカーで勝利するには、2つの視点がある。1つは、ゴールを決める。もう1つは、ゴールを守る。あまりにもシンプル。ただ、後者だけであれば、勝利の絶対条件を満たさない。勝つためには相手を上回らないといけないわけで、「得点を取る」が優先されるべきだ。一方、「負けない」を目的化するのであれば当然、後者が選択される。サッカーとは結局、この2つの視点のどちらを選択するかによって、戦い方が変わるスポーツである。

 サンフレッチェ広島というチームとしての目的をミヒャエル・スキッベ監督は「勝利すること」と設定している。実はもう1つ、「育成すること」も挙げられるのだが、それはここでは一旦、置いておこう。

 「勝利すること」を目的とする以上、戦術に対する軸足は攻撃に置くことになる。そして、その発想からすべて攻撃も守備も逆算して戦術は設計されている。ハードな前線からの守備も、目的は「ボールを奪い切って、すぐに切り替えて得点する」ことであって、「相手のパスコースを限定する」というような甘いものではない。今季まだ1得点のナッシム・ベン・カリファがFWのレギュラーとして使われているのも、彼のハードな守備がチームのコンセプトに合致しているから。一時はチーム事情で右サイドに回っていた満田誠の前線起用をサポーターが熱望したのも、得点力だけでなく「火の玉プレス」という彼のストロングこそ、チームの攻撃力向上に欠かせないと信じていたからだ。

 スキッベ監督がずっと関わってきたドイツのサッカーは、攻撃・守備・切り替え、すべての局面で攻撃的だと言われている。「攻撃的」という意味は、常にゴールを目指しているということ。守備の局面でも「ゴールを守る」を第一のタスクとするのではなく「ボールを奪う」ことを仕事として課している。

 主としてドイツで闘ってきた日本人選手がJリーグに戻ってきた時、「日本と欧州は違うサッカー」と語ることがある。そのコメントを読んでいると、「守備の考え方が違う」と指摘している場合が多い。例えば局面の守備にしても、欧州ではボール奪取をチャレンジするが、Jリーグでは構えて突破をさせないことを優先する、とか。

 結局は考え方の問題であり、その是非ではない。突き詰めて言えば「勝ちたいのか」「負けたくないのか」に尽きる。ボール奪取へのチャレンジは裏を取られるリスクがある。構える守備は攻撃の糸口が見つけにくい。どちらもリスクはあるが、そこでどちらを取ると選択するのか。それが「攻撃的」と「守備的」の境を明確に引く分水嶺と言っていい。

 ミヒャエル・スキッベ監督はチームに対して常に「勝利」を求めていると書いた。そのシンプルな目標設定から「では、どうするか」を構築する。

 勝利するためには、得点が必要。

 得点を取るためには、攻撃しないといけない。

 攻撃をスタートさせるには、ボールを奪わないといけない。

 そのためには、ボールに向かってプレッシャーをかけ続ける必要がある。

 それも、できるだけ相手ゴールに近いところで奪えれば、効率がいい。

 だからこそ、「限定」のプレスではなく「本気」のプレスでいこう。

 そして、そのプレスに後ろの選手も連動しよう。

 こういう感じでシンプルに整理され、考え方に淀みがない。だからこそ選手たちのプレーに迷いはなく、やるべきことは明確化される。途中から入った選手も、自分のタスクがわかりやすい。

 その結果、シュート数121本(平均15.1本)はリーグ1位。2位の湘南が99本だから、ダントツと言っていい。その攻撃的姿勢が守備にも現れているのか、はたまた押し込み続けている結果か、被シュート数も50本(平均6.3本)でこちらも1位だ。ゴール期待値でも図抜けた数字を残している。

サンフレッチェ広島対サガン鳥栖のハイライト動画

 その要因となっているのが、前線からのプレスに代表されるボール奪取ポイントの高さだ。例えば第5節の柏戦での平均ボール奪取ラインは42.1mで、奪取回数もアタッキングサードが全体の15%。鳥栖戦(第7節)では40.5mでアタッキングサードでの奪取回数が18%、橫浜FC戦(第8節)では40.3mでアタッキングサードでの奪取が18%。苦戦した鹿島戦を除き、軒並みこういう数字になっている。

 例えば昨年王者の横浜F・マリノスが残した湘南戦のデータを見れば、ボール奪取ラインが35mでアタッキングサードでのボール奪取が8%。逆に湘南は41.5mで22%という数字を残していて、彼らが総得点16点(平均2.00点でリーグ2位)という結果を見せつけている理由も垣間見える。一方、川崎フロンターレの名古屋戦での数字を見ると、ボール奪取ラインが32.5mでアタッキングサードでの奪取が6%。かつてはハイラインで闘い、相手陣内での即時奪回を繰り返して相手を叩きのめしていた川﨑Fの苦戦も、この数字が何かを物語っているのかもしれない。

開幕3試合で勝てなかった明確な理由

 広島は今季の開幕から3試合、勝利がなかった。だが、札幌・新潟・横浜FMと続いたこの3試合すべてで、シュート数もゴール期待値も相手を大きく上回っている。前半で2失点してしまい、「今季もっとも上手く行かなかったのは新潟戦の前半」とスキッベ監督が嘆いた第2節ですら、後半はシュート15本を放ち、被シュートはゼロと圧倒していた。つまり、シュート数7対7と唯一上回れなかった鹿島戦を除き(この試合でもゴール期待値は上回っている)、広島は内容では明確に上回っていた。

 ではどうして、最初の3試合で勝てなかったのか。

 課題は、やはりシンプル。得点が取れていなかったからだ。第7節までのデータでは、シュート成功率はリーグ16位の8.4%。第8節の橫浜FC戦で今季初の3得点を記録したとはいえ、成功率が9.1%と微増したに過ぎない。この試合ではシュート26本を記録しているし、見方によれば「シュートを決めきれていない」と言ってもいいからだ。

 では、精度に問題があるのか。第7節までのデータによれば、枠内シュート率は44.2%でリーグ5位。悪くはない。つまり、いわゆる精度ではなく、違う何かが広島からゴールという歓喜から遠ざけているということになる。

 この傾向は実は、昨年から続いている課題である。2022年、広島は平均12.4本のシュートを放っていた。これは横浜FMの13.7本/平均についでリーグ2位。しかし1試合平均得点は1.53で、横浜FMの2.06点や川﨑Fの1.91点からは大きく引き離されていた。特に川崎Fとのシュート決定率における差は大きく、彼らと同じ数字(17.7%)を残していれば得点は74点まで跳ね上がり、総得点で横浜FMの70得点を上回った。優勝も十分に狙える状況になっていたはずだ。

 今季、この「チャンスをゴールにする」というサッカーにおいてシンプルかつ最重要なポイントの改善こそ、大きな課題となっていた。だが現状は、昨年の12.3%よりも決定率が下落。平均シュート数は12.4本から15.1%と伸びているだけに、せめて昨年並みの成功率を確保していれば、得点は11点から15点まで伸びた可能性もある。例えば新潟戦で昨年並みのシュート成功率を達成していれば、この試合での得点は2〜3点が期待できるから、少なくとも勝ち点1は確保できていたと考えていい。

今季最多となる5ゴールを奪ったヴィッセル神戸対サンフレッチェ広島のハイライト動画

 間違いなく昨年よりもインテンシティは上がっているし、相手を押し込むサッカーはできている。平均シュート数の大幅な向上がそれを示しているし、それはハードなトルコキャンプの成果だと言えるだろう。だが最後の最後、チャンスをゴールに変えるためのキーを叩くのは、やはり個人の力だ。押し込むサッカーができていることが逆に、相手の守備人数を増やしているというジレンマを改善するためにも、ストライカーがどうしても必要なのである。

 本来、トルコキャンプで「誰がこのチームのエースストライカーなのか」を選定するはずだった。強化部も「人材は揃っている」と判断し、戦力は昨年のままに据え置いた。

 しかし。……

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J1サンフレッチェ広島

Profile

中野 和也

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。

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