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日本代表の大きなテーマ。モダンサッカーのビルドアップを考える(後編):「システムの流動化」と「ビルドアップの分類」

2023.03.31

好評発売中の『モダンサッカーの教科書Ⅳ イタリア新世代コーチと読み解く最先端の戦術キーワード』は、『footballista』で圧倒的人気の元セリエAコーチ、レナート・バルディが、最先端の現場で磨き上げた「チーム分析のフレームワーク」と戦術キーワードを用い、欧州サッカーで現在起こっている戦術トレンドの全体像を整理する一冊だ。

新生・日本代表でも大きなテーマになっている「ビルドアップ」について、本書の中からモダンサッカーのトレンドを紹介する。後編では、「システムの流動化」と「ビルドアップの分類」について。

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『システムの流動化』

[3-2-5]や[2-3-3-2]のような決まった配置はない

片野「はい。ここまでは、プレッシャー下での後方からのビルドアップがどのようなコンセプトに基づいて成り立っているかを見てきました。ここから、具体的な戦術のディテールにも触れていければと思います」

バルディ「後方からのビルドアップにおいて近年最も顕著な現象は、『システムの流動化』です。これは、守備時と攻撃時で異なる配置を用いる可変システムの話ではなく、その攻撃におけるビルドアップ時において、相手のプレッシングとの兼ね合いで異なる配置を使う、プレッシングのやり方に合わせて流動的に配置を変えるチームが増えてきているということです。言ってみれば、チームが1つの流動体のように相手が空けたスペースに入り込み、形を変えながら前進していくイメージです。ビルドアップ開始時の配置は、相手のプレッシングとの噛み合わせによって規定されます。しかし、そこからプレーが進んでいく中では、相手がプレッシングの仕方を変えればこちらもそれに合わせてビルドアップの配置を変える、というチェスの試合のような駆け引きが続いていく」

片野「そういうふうにチームを機能させるためには、あらかじめ決められたメカニズムを遂行するのではなく、状況を読み取って臨機応変に配置やルートを変えていく必要がありますよね。パターンではなく原則、ポジションではなくタスクというモダンサッカーの新パラダイムがここにもはっきりと現れている」

バルディ「ええ。このビルドアップのフェーズは、監督にとっても持てるクリエイティビティを発揮できる、というよりも発揮すべき機会になってきています。あらかじめ決められたビルドアップのメカニズムをチームに定着させるのではなく、ピッチ上の状況を読み取ってそれに的確に対応する能力、いわば自己組織化の鍵をチームに与えることが必要になってきているわけです」

片野「その基盤になるのはプレー原則という理解でいいんでしょうか?」

バルディ「はい。今やほとんどのチームはスキームやパターンではなく原則に基づいてプレーしています。決まったパターンを反復的にトレーニングしている監督、チームはもはや多くありません。選手は目の前の状況を読み取り、与えられた原則に従って対応していく。目の前の状況で言うと、最も重要なのは相手がどのようにプレッシャーをかけて来るのか、プレッシングのメカニズムはどうなっているかということです。

 大きく分けると、マンツーマンで来るのか、ゾーンでスペースを狭めてくるのかに分けることができます。それに応じて、こちらもビルドアップ時の配置と原則を調整して相手の穴を突いていく。例えば、マンツーマンで厳しくプレッシャーをかけてくるアタランタに対して、ミランのピオーリ監督はカラブリア、テオ・エルナンデスという左右のSBを中央に絞らせ、トナーリ、ケシエというセントラルMFを外に開かせてローテーションすることで、大きな困難を作り出しました。ピッチ中央を空洞化することで、GKのメニャンからトップ下のB・ディアスに縦パスを通すコースを空け、その1本でアタランタの中盤ライン背後にボールを送り込む場面をしばしば作り出していた」

片野「ということは、例えばビルドアップ時の基本配置は[3-2-5]とか、そういう決まったやり方を相手にかかわらず採用するのではなく、相手に合わせてビルドアップ時の配置やルート、プレー原則に調整を加えていくということですよね。お互い相手を研究して対策を練った上で戦うけれど、どちらかが1つしかやり方を持っていなければ、相手はそれを読み取ってやり方を変えることで一気に優位を手に入れることができる。そうなると、研究や準備以上に、その場その場で状況を読み取って的確に対応していく可変性、柔軟性、流動性が必要になってきますね。スキームやパターンではなく原則、というのはそういうことだという理解でいいでしょうか?」

バルディ「はい。今や、1つのシステム、1つのパターンやスキームで戦うというのは、それだけで自らを不利な立場に追い込んでいるようなものです。もちろん、基本となる配置やプレー原則は常にあるわけですが、相手と状況に応じてそれを柔軟かつダイナミックに変えていく必要がますます高まっている。その部分をトレーニングして能力を高めていくことがより重要になってきているということです」

片野「実際の試合を見ていると、ほとんどのチームが3+2か2+3の5人ユニット、あるいは4+2、2+4の6人ユニットを土台にしてビルドアップしているように見えます」

バルディ「大別すると、最終ラインが3人か2人かということになります。原則的には、相手がマンツーマンでハイプレスを仕掛けて来る場合には2バックにすることで、+1の数的優位を作り出すGKからのパスコースを広く取り、ダイレクトな縦への展開で前線での数的均衡を生かしやすい状況を作り出そうとします」

片野「前回ゴールキックの項で取り上げた『穴』、つまりミドルサードの中央を空洞化してそこに下がって来たCFに縦パスを送り込み、その落としから一気に敵最終ラインを攻略するというメカニズムもその1つですね」

バルディ「そうです。3バックにするとGKの前が塞がって、逆にGKを使いにくくなってしまうところがある。グアルディオラやデ・ゼルビも最近は4+2の配置で組み立てることが多いですね。相手が後方での数的優位を保って、1人少ない人数でプレスを仕掛けてくる場合には、GKを含めて+2の数的優位を作ることで、CBの持ち上がりなどでその数的優位を中盤に持ち上がりやすい3バックの配置を選ぶ監督が多いように思います」

片野「そのあたりの原則や構造は、ゴールキックからのビルドアップと同じですね」

バルディ「数的な噛み合わせはどちらのケースも変わりませんからね。ただオープンプレーの場合はゴールキックよりも状況がずっと流動的なので配置も柔軟に変化していきます。一方のSBが前線までポジションを上げて、もう一方のSBは内に絞って偽SB的に振る舞うなど、左右非対称の配置になることも少なくありませんし、ポジションチェンジやローテーションによってスペースを作り出し、あるいは空いたスペースを使うというダイナミックな連動がより重要になってきます。

 ビルドアップ時に状況を読み取る鍵になるコンセプトは、フリーなスペースとフリーな味方を見つける、というものです。一般論として言えば、 最も大きなスペース、最も敵との距離が大きな味方は、ボールから最も遠いところ、従って敵ゴールに一番近いところにいます。そこに直接ボールを送り届けることができれば、最も効率的に敵ゴールに迫ることができます。ただし、これは1本のパスということで言えば最も難易度が高い選択肢でもあります」……

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モダンサッカーの教科書Ⅳ日本代表

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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