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「DAO」で促進するアビスパ福岡の共創体験。フラットなコミュニティがもたらすもの

2023.03.27

2023年2月24日、アビスパ福岡はトークンを活用した新たなプロジェクト「Avispa Fukuoka Sports Innovation DAO」(以下、アビスパDAO)の開始を発表した。クラブのステークホルダーが、クラブ自身や地域の課題解決、スポーツ界への貢献を形にしていくことを目的としたコミュニティである。

アビスパ福岡が日本のスポーツ界では初となる「DAO」を始めた理由は何なのか。また、導入から1年半が過ぎた「トークン」のクラブ内評価は。2022年6月に公開した記事「サポーターと一緒に創る、アビスパ福岡の未来――トークンがクラブに与えたもの」の続編として、同クラブ代表取締役社長 川森敬史氏、マーケット開発部副部長 平田剛久氏のインタビューをお届けする。

選手もスタッフも、全員攻撃、全員守備

――昨年実施したインタビューで、2021年8月に開始したアビスパ福岡のトークンプロジェクトにおける目的の1つが「資金調達」だと説明いただきました。ここまでトークンの総売上は約1,000万円。この額に対する評価を教えてください。

川森「うちの何倍もの売上を記録しているスポーツクラブの事例もあるので、さらに伸ばしていきたい金額だと捉えています。ただ、アビスパでは、トークンプロジェクトを始める前にクラウドファンディングを複数回実施していて、そちらで約7,000万円のご支援をいただいていた背景もあります」

――新型コロナウイルスの影響で、入場料を主とする売上が減ったことを受け、Jリーグ各クラブは「入場料収入」「スポンサー収入」「物販収入」に続く、”4本目の柱”となる施策を模索する動きが広がりました。トークンにそのポテンシャルはあると考えていますか?

平田「収入の柱にするためにも、トークンの売上は、1億円を目標額として設定しています。そこまで伸ばせると、これまでクラブとして取り組めていない施策や、トークンホルダーのアイデアを具体化することができますし、良い循環が起きるのではないかと」

――売買された金額の数%が手数料としてクラブの収入になるトークンの仕組み上、トークンの価値……つまり、トークンの単価を上げることも重要になります。現時点で、1トークン約6円で流通しています。(取材日:2023年3月19日)

川森「発行当初の単価が4.5円で、最高16円まで上がりました。現在は6円となっていますが、今シーズンはこれまで以上に、トークンホルダーに対するサービスの提供内容や、アイデアを反映するスピードを意識して運用する予定です。その評判が広がれば二次流通も活発になり、単価も上がっていくはずです」

――トークンの売買プラットフォームを運営する、株式会社フィナンシェの國光宏尚氏(代表取締役CEO)は、トークン施策の成功要因として「タイミング」と「マーケット」の重要性を語られています。アビスパ福岡にとって、前者は新型コロナウイルスの影響だと思いますが、後者はどのように捉えていますか?

川森「トークン施策を担当する部署は『マーケット“開発部”』です。つまり、市場(マーケット)はもちろん意識しますが、それ以上にチャレンジすることを重視しています。事業スタッフがディフェンシブな考えだと、時代の流れに乗れない。少しでもチャンスがあれば、いち早く手を挙げて、成功するまでやりきる。ここは、クラブのメンタリティによるところが大きいですね」

平田「トークンに関しては、導入を検討していたタイミングでフィナンシェの田中(隆一/取締役COO・CMO)さんにリスクも含めた形で、丁寧に説明していただけた点も大きかったですね。クラブの会議にも入ってもらって、他部署の社員からの質問にも答えてもらい、クラブ全体として『よし!やろう!』という雰囲気になりました」

――アビスパ福岡はトークン施策を含め、事業面における手数が多いクラブです。人的リソースのやりくりも気になるところです。

川森「限られたリソースで、何ができるのか。私がスタッフによく話すのは『想定外の出来事は必ず起きるから、皆でカバーしよう』ということ。サッカーも同じ。欲しいタイミングでパスがこなくても、選手はゴールを決めるための努力をする訳じゃないですか。スタッフ一人ひとりがそういう姿勢で取り組むことによって、手数を増やせるようになりましたね」

――トークンの導入を提案したのは平田さんだと聞きました。社内外での説明会をはじめ、トークンホルダーコミュニティの運営、プロモーションを目的としたTwitterスペースの定期開催……本施策だけでもかなり稼働していますよね。

平田「川森からよく言われるのは『最後までやりきれ』『ちゃんと形にしろ』ということ。新しいチャレンジを許してもらえる環境にあるので、自分が提案した企画には責任を持ちたい。リソースに関しては、フィナンシェの社員さんに手厚いサポートをいただけていることも大きく、トークンホルダーの皆さんも前向きなコミュニケーションをとっていただけるので、皆で運営しているという認識です」

川森「選手に『最後まで走り切れ』と伝えているのに、スタッフが『自分の守備範囲じゃありません』は通用しない。うちはどのポジションの選手も、どの部署のスタッフも、全員攻撃、全員守備。私がアビスパに来た時は(年間)営業収益が8~9億円、22年度は約28億円……社員数はそこまで増えていないのに、収益を上げてこられたのは、関係者がポテンシャルを最大限発揮してきたから。まだ伸ばせるはずです」

インタビューに応える川森氏(写真左)と平田氏

――川森さんが代表取締役に就任された2015年以降、アビスパ福岡は「サポーターリーダーズミーティング」や「YouTubeでの決算報告」の開催をはじめ、SNSも活用しながらファン・サポーターとのコミュニケーションを重視しています。

川森「ベースとして、これまで対価を求めないでクラブを支えてきた方々へのリスペクトがあります。教えていただくことも多いですし、コミュニケーションを重視することからスタートすべきだと考えました。会話を通じて『そういう意味で言っていたのか』など、気付きも多いです。ツイッターの活用は、コロナ禍で直接の会話ができなくなったという影響が大きいですけどね」

――「サポーターリーダーズミーティング」の議事録などからも垣間見えますが、サポーターとのコミュニケーションは時に批判を伴うものになります。特にツイッターはプラットフォームの特徴として、そのリスクが高い傾向にあります。

川森「(ツイッターは)真意が伝わりづらいですからね。投稿できる文字数が制限されているので『川森社長は〇〇って意味で言ってるんだ!』『そんなことはねぇ!』と、議論になってしまったり……ベクトルが合わないことが時々起きる。トークンを導入した背景にはこうした理由もあります。フィナンシェさんが提供されているプラットフォームでは、アプリ内のフィードを活用してトークンホルダー同士で、建設的なコミュニケーションがとれるので」

フラットなコミュニティだからこそ

――2023年2月24日、アビスパ福岡はトークンを活用した新たなプロジェクト「アビスパ DAO」の開始を発表しました。「DAO」はDecentralized Autonomous Organizationの略称で、日本語では「分散型自律組織」と訳されます。トークンホルダーをメンバーとした、これまで以上にフラットな関係性でのコミュニケーションが期待できそうですね。

川森「その通りです。私はアビスパ社員の意見も、スポンサーさんの意見も、サポーターの意見も、フラットに聞いているんですよね。アビスパDAOの話を最初に聞いた時は、そうしたスタンスを体系化できるものだと感じました」

――アビスパDAOに関して、クラブが公式に発表した「共創イメージ」の図を拝見しました。多様な属性の方々が、様々な施策を、自律的に取り組む……理想像としては素晴らしいと思う一方で、運営は簡単ではないなと感じました。活動の方向性を定めるビジョンの提示や、ある程度はクラブが主導する必要性もあるのかなと想像しています。

アビスパDAOの共創イメージ

川森「ビジョンは『クラブ価値を上げてアジアを代表するクラブになる』に尽きます。細かくは『J1に定着する』『アカデミーを充実させる』『地域課題をクラブがハブになって解決する』……様々ありますが、活動の方向性を決めるものとして、この考えはコミュニティ内でも共有しています。その上で、初期段階においては、クラブが中心となってプロジェクトを推進しますが、トークンホルダーの中からリーダー的な人が出てきてくれたらいいなという期待もしています」

平田「Jリーグクラブとサポーターは”会社と顧客”という関係ではなく、クラブの未来を共に創る仲間だと思っています。それはスポンサー、行政、メディアの方々に対しても同じで、ステークホルダーの力を借りることで解決できる課題や、実行できる施策は多いです。だから、アビスパDAOは新しいコミュニティではありますが、これまでの活動の延長線上にあるものでもあります」

3月19日(日)湘南ベルマーレ戦前には、アビスパDAOのオフラインミーティングが開催された

――アビスパDAOでは、選手も『AVISPA DAOアンバサダー』としてコミュニティに参加しています。

川森「選手はしっかり練習して、試合に勝つことが最も大切です。だから、『できる範囲で(アビスパDAOの)広報大使のような役割を担って欲しい』と伝えていますが、若い選手を中心にWeb3への興味があるようで、アビスパDAOへの参加を通じて勉強もしているようです。もちろん、監督の理解もあります。『選手の稼働は夜10時まで』とか『(試合日が近い)週の後半は活動しない』など、出来ること、出来ないことを整理して、皆で協力し合っている形です」

――アビスパの選手たちがアビスパDAOのイベントに参加している様子を見聞きして印象的だったのが、自分の言葉でクラブの事業面に関する発言をしていることです。川森さんも選手とフランクにコミュニケーションをとられていますし、アビスパ福岡は、事業側と競技側が近いと感じます。

川森「アビスパで働き始めた当初は、競技側というか、強化部が聖域というような印象を受けました。だけど、彼らも同じ会社のスタッフじゃないですか。置かれている立場は違うからリスペクトはしつつも、情報共有はした方がいいと思ったので、経営会議に強化部長も参加してもらうことから始めました。次にアカデミーダイレクターも参加してもらって、クラブの経営状況を共有して」

――強化部はお金を使う部署ですからね。

川森「アビスパは総売上の半分以上を強化(チーム人件)費として支出しています。お財布事情を知らないと、補強や選手の査定で適切な判断ができない。これはサポーターに対しても同じで、情報をオープンにすることで信頼関係が醸成されると考えています」

平田「選手が事業面の課題を認識して、アビスパDAO内で発言してくれるのは本当に影響が大きいんです。コミュニティの盛り上がり方が違うんですよね。私はこれまでは選手との接点がそこまで多くなかったのですが、アビスパDAOでのコミュニケーションを通じて、選手に対する印象も変わりました」

金森健志選手など10名の現役選手がAVISPA DAOアンバサダーとして参加している

――逆に、事業側のスタッフである平田さんは「ACLを獲る」ことを目標として明言されています。Jクラブスタッフの方は「私たちの仕事はピッチの勝敗には関与できないけど……」といった趣旨の発言をよくされますが、平田さんはそんなことは思っていなさそうですね。

平田「はい。1度も(勝敗に関与できないと)思ったことはないですね(笑)。スポンサーさんが1社増える、試合の観客数が1人増える……そうした積み重ねがクラブを強くしているので。収入が増えれば、選手や練習環境に投資できる額も増えますし、その積み重ねが勝利を生むと、ずっと信じて働いています」

――最後に今後のアビスパDAOの活動計画を教えてください。

川森「まずは継続することですよね。続けることで仲間を増やせば、トークンの取引額も上がっていくと思うので、最初にお伝えした目標額の1億円にも近づけるはずです。あと、中央集権型ではなく、フラットなコミュニティだからこそ実現できる施策の実現スピードも重視したいです。アビスパDAO内で集客プロモーション案として提案された『新天町商店街練り歩き』も来週実施します。今後も良い意見はどんどん形にしていきたいですね」

3月22日(月)に実施された新天町商店街練り歩きの様子

Takashi KAWAMORI
川森 敬史(写真左)

1965年11月、東京都渋谷区出身。2003年10月アパマンショップネットワーク(現APAMAN)入社。04年10月常務取締役。14年にAPAMAN関連会社のシステムソフトがアビスパ福岡の増資を引き受けて筆頭株主になったことに伴い、15年3月からアビスパ福岡社長。

Yoshihisa HIRATA
平田 剛久

アビスパ福岡株式会社 マーケット開発部 副部長。 大学在学中にプロモーション会社設立。その後SportsManagementSchool(SMS)にてスポーツマネジメント、スポーツマンシップを学び、Sportsmanship.asia北京支社長としてサッカースクールの運営等で半年間北京に駐在。 2015年よりアビスパ福岡のスポンサー営業として入社。 2020年よりマーケット開発部を設立しスポンサーセールスと新規事業開発を推進中。また2018年に「地方におけるスポーツビジネスの普及」を目的としたSPORTSNEXTを設立し九州スポーツビジネスサミットの企画・運営を実施。

Photos:©avispa fukuoka, Getty Images, KOICHI TAMARI

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Profile

玉利 剛一

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime

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