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「栃木をもっと盛り上げないといけない」。エンターテイナー髙萩洋次郎、36歳の現在地

2023.03.27

5年半プレーしたFC東京を離れ、栃木SCで新たな挑戦をスタートしたのは昨年7月のこと。以来、ピッチ内外で頼もしい存在感を発揮しているのが、国内外6クラブを渡り歩いてきた経験豊富な36歳、髙萩洋次郎だ。昨季は15試合に出場してJ2残留に貢献、完全移籍した今季も3月19日の第5節でチームに初勝利をもたらす決勝点を挙げた“栃木の新マエストロ”の現状を、地元で長年クラブを追い続ける鈴木康浩氏が取材した。

時崎監督が求めていた「もっとうるさい奴」

 髙萩洋次郎が栃木に来てからというもの、試合でも練習でも思わず「うまっ」と声を漏らすことが多くなった。堅守が伝統の栃木は愚直で頑張れる選手たちが多いだけに、その中で、髙萩は異色の存在だ。

 ただ、それはあらかじめわかっていたし、大して驚くことではない。反射的に「うまっ」と体が反応してしまうだけのこと。

 いい意味で期待を裏切られたのは、髙萩がムードメーカーを担えるキャラクターの持ち主だったということだ。例えば、栃木は全体練習が終わる時に選手が日替わりで締めの挨拶をするのだが、髙萩が若い選手に「やっちゃいなよ」と一発芸をけしかけることがある。若い選手が恥ずかしそうにそれを実行に移す姿を、陰に隠れながらケラケラと面白がっているのが36歳、大ベテランにしてムードメーカーの髙萩だ。

 チームを預かる時崎悠監督は、栃木という愚直で真面目なチームカラーの中に「もっとうるさい奴がいてもいいんだけどなあ」と漏らしたことがあったが、確かに“いたずら好き”といった選手が一人でもいるとチームの雰囲気作りはスムーズに進むのかもしれず、チーム作りの観点からも髙萩は必要な選手だったのだと納得するところがある。前所属のFC東京のメディア関係者が「髙萩はピッチ内外でチームの雰囲気を作れる選手なんです。髙萩と永井謙佑(現名古屋グランパス)が同時にチームからいなくなってしまい、東京のチームの雰囲気がちょっと心配でね」などと話していて、なるほどなあと合点がいった。

Photo: ©TOCHIGI SC

 髙萩本人に聞けば、

「チームの雰囲気が良くなることで一体感が生まれても、マイナスなことは一つもないですから。それが結果に繋がるかどうかはわかりませんが、練習後に明るい雰囲気になることはオンとオフのメリハリがあっていいと思うんです。僕が広島にいた時もそういう選手がいたり、いじられるタイプの選手がいたりしましたが、栃木にはそういう選手がまだあまりいないので、誰か一人でも作っていこうかなと。真面目に、真剣に、ずっとやっているのも疲れちゃうのでね。僕の性格上ですが、そう思います」

 髙萩からすれば、こんなのは当たり前ですよ、という感じだった。

 関連でいえば、昨季から今季にかけて髙萩の“タオルマフラー回し”は栃木サポーターにとって恒例のパフォーマンスとなった。昨季のシーズン終盤、栃木は残留を懸けた戦いをしていたが、第39節ヴァンフォーレ甲府戦で髙萩が起点となった決勝ゴールによって0-1で勝ち切った時、試合後のアウェイゴール裏に挨拶に向かっている最中、髙萩が突如、手に持っていたタオルマフラーをぶんぶんと振り回してサポーターに向かって「勝ったぞ~」とやり出したのがきっかけだった。

 甲府戦に続いて乗り込んだアウェイでの第40節FC町田ゼルビア戦では今度は自らの決勝ゴールで勝ち切ると、髙萩はやはりぶんぶんとタオルマフラーを振り回しながらゴール裏を煽って盛り上げてみせたのだが、この日はゴール裏から拡声器を借りて“感謝”も伝えることになった。感謝は、自身のチャントを歌ってくれることに向けられたものだった。サンフレッチェ広島(2003-14)、愛媛FC(2006)、ウェスタン・シドニー・ワンダラーズFC(2015)、FCソウル(2015-16)、FC東京(2017-22)と所属し、そこでサポーターたちに引き継がれてきた自身のチャントを栃木のゴール裏もしっかり受け継いでくれていたことに対する感謝だった。やはり、各国の各チームで愛され、魅了し続けてきた選手なのだと思い知らされる出来事だった。

「難しい環境に飛び込んで、また自分をさらに成長させたい」

 そんなピッチ外での存在感のみならず、ピッチ内のプレーパフォーマンスの現在地についても記しておきたい。

 栃木に加入したばかりの時はアジャストに苦労していた。

 5年超という時間を過ごしたFC東京から期限付き移籍で加入したのは昨季7月のことだったが、FC東京では半年近く実戦に絡むことができず、コンディションはガタ落ちの状態だった。齢にして35歳のシーズンを迎えており、そのまま何もできなければ引退へと向かって行かざるを得ない危機的な状況である。

 そんな高萩に手を差し伸べたのが栃木だった。J2ワーストレベルの得点力という課題を抱えるチームからのオファーを受諾したものの、思うように事は進まなかった。最初の数試合は勢いのままスタメンを任されたが、4試合を消化したところでサブスタートの座に甘んじるようになった。……

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Profile

鈴木 康浩

1978年、栃木県生まれ。ライター・編集者。サッカー書籍の構成・編集は30作以上。松田浩氏との共著に『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』がある。普段は『EL GOLAZO』やWEBマガジン『栃木フットボールマガジン』で栃木SCの日々の記録に明け暮れる。YouTubeのJ論ライブ『J2バスターズ』にも出演中。

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