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新しいイノベーターとしてのトゥヘル。「戦力はあるが練習できない」時代の勝者

2023.03.24

『戦術リストランテⅦ』発売記念!西部謙司のTACTICAL LIBRARY特別掲載#5

好評発売中の『戦術リストランテⅦ 「デジタル化」したサッカーの未来』は、ポジショナルプレーが象徴する「サッカーのデジタル化」をテーマにした、西部謙司による『footballista』の人気連載書籍化シリーズ第七弾だ。その発売を記念して、書籍に収録できなかった戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端をぜひ味わってほしい。

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 トーマス・トゥヘルは現在最も評価の高い監督の1人だ。20-21シーズンはチェルシーをCL優勝、その前年はパリSGをクラブ史上最高位のCL準優勝に導いている。ジョセップ・グアルディオラ、ユルゲン・クロップと並ぶ名将と言っていいだろう。

名将トゥヘルの「色」とは何なのか?

 ところが、トゥヘル監督のチームがどうだったかというと、正直それほど強い印象が残っていない。地味と言うほどではないが、ペップやクロップが率いたチームに押されている刻印がトゥヘルのチームには押されていないように感じられるのだ。いわゆる「シュツットガルト学校」の一員だが、ドイツ流の高強度に邁進する様子は見られない。ドルトムントでクロップの後を受けた時も、むしろペップに近いプレースタイルに変わった印象だった。

 パリSGを率いた2年半ではリーグ1連覇、CL決勝進出、勝率75.6%は文句なしの歴代トップだった。偉業と言っていいわけだが、これで解任されてしまっている。そうなったのはトゥヘルのせいというより、カタール資本で内部評価が一般と乖離しているパリSG特有の事情ではある。だが、ファンもそれほど解任を残念がるわけでもなかったのは、ネイマールやムバッペがいるのだから勝って当然と思われていたのだろう。それだけトゥヘルの色は認識されていなかったということだ。

 チェルシーではフランク・ランパード監督が率いて10位だった状態で引き継ぎ、プレミアリーグ4位まで浮上させた。そしてCL優勝。コロナ禍ということもあり、ほとんど練習時間もない中で短期間にチームを一変させた手腕はほとんどマジックである。

 それなのに、やはり強烈な印象はない。もちろん、トゥヘル監督下のチェルシーは素晴らしいプレーをしていたのだが、その偉業に釣り合う個性が足りない感じなのだ。

 おそらく、この強く印象に残らないということこそ、トゥヘル監督最大の特徴なのではないかと思う。

 言うまでもなくトゥヘルの率いたチェルシーはモダンだが、それ以上でもない。同じポジショナルプレーでもマンチェスター・シティのようにポジションの概念を覆しそうな流動性や先進性はない。むしろ、選手が定められたレーンを上下動するシンプルな構造になっている。チェルシーのプレッシングは強烈だが、その前提としてどちらのボールになるかわからない場所にボールと選手を突っ込ませていくリバプールの狂気は感じない。……

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トーマス・トゥヘル戦術リストランテⅦ

Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。

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